call my name
 黒の旅団野営地。
 それは、いつもと何ら変わらない、朝。


「おはよう、。今朝も早いな」
「あ、おはようございます、ご主人様っ!」


 ――ズッシャァァァ!


 ……黒の旅団野営地。
 それは、いつもと何ら変わらない朝のはず、だった。

 ――ただひとり、地面に頭からスライディングしているイオスを除いては。
閑話1 召喚獣のマナー?
ーーーーッッ!
なななな何なんだ何なんだそれはぁっっ!」

 顔から地面に突っ込んだ状態でしばらく微動だにしなかったイオスは、突然がばりと起き上がると、額からダラダラ血を流したまま目の前の少女を怒鳴りつけた。

 いきなり転んだり(はイオスが転ぶのを初めて見た)、固まったかと思えばまるで兎のようにぴょこんと跳ね上がって……もとい起き上がって大声を出したり。
 一連のイオスの行動に、はまるで珍獣でも見ているかのようにぱちくりと大きな瞳を瞬いた。

「どうしたんですか、イオスさん?」
「それはこっちのセリフだ!」
「何もないところで朝から転んじゃうなんて、元気ですねー」
「誰のせいだと思ってる!」

 笑顔を浮かべながらのほほんと話すに、イオスが地団駄踏んで抗議した。

「だ・か・ら! 一体何なんださっきのは!?」

 大声で怒鳴りつづけたせいなのか、肩で息をしながらイオスが再びに食って掛かかる。
 え? と、は不思議そうに首をかしげた。

 「何なんだ」とは、何のことだろう?
 自分は何かおかしなことでもしただろうか?

「あの……私、何かおかしなこと、しました?」

  の言葉に、イオスがものすごい勢いで首を縦に振る。
 その反応に、は怪訝そうな表情を浮かべて眉をひそめた。

 おかしいこと……何かしただろうか?
 自分は今、朝食の用意をしようと調理場に向かっている最中だ。
 それで、たまたまイオスに会って。朝の挨拶をして。
 自分がこの時間に料理を始めることはいつものことだし、服だって髪型だって普段と何ら変わらない、はず。

「……あの。別におかしなことは無いはずなんですが……」

 いつも通りですよね? と言うに、イオスが今度はものすごい勢いで首を横に振った。

「全然違うだろ、いつもと!」

 きっぱり言い切ったイオスに、驚いたが目をまるくする。
 自分は、無意識のうちに何かおかしなことをしていたのだろうか? だとしたらこれは大事(おおごと)だ。

「ええっ、全然違うって、何がですかっ!?」
「だから、さっきの! 挨拶の時!」
「挨拶……?」

 何かを思い出すかのようにがんん?と首をひねった。

 挨拶……確かに、した。今日イオスと顔をあわせたのはさっきが初めてだったから、ごく当たり前に朝の挨拶を口にしたのだ。

 何のことだろう? とひとり考え込んでしまったに、苛々が限界にきているイオスが声を荒げた。

「だからっ、挨拶の時僕を呼んだだろう!? よ、呼び方っ!
あれは一体何なんだっ!? 」

 その言葉に、はああ、と言って両手をポンと音を立てて合わせた。
 ようやく彼の意図するところがわかったのだ。

「はい、今日からイオスさんのこと、ああ呼ぶことにしたんです」
「どうしてだ!?」

 顔を真っ赤にしたイオスがを問い詰める。
 いつになく表情の豊かなイオスを面白いなぁなどと思いながら、はにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「え? だって、イオスさんは私の『ご主人様』なんでしょう?」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」





 にこにこと微笑む目の前の少女の答えに、イオスはぽかんと間抜けにその口を開けた。





 ――数刻後。

「誰だーーーーッ! に変な事教えた奴は!!」

 旅団員達の集まるテント。そこへ、愛用の槍をものすごい勢いでブォンブォン振り回しながら単身特攻をかける特務隊隊長の姿があった。

「うわぁイオス隊長! こここ殺す気ですかぁっ!?」
「安心しろ! 苦しまないように一撃で脳天突き刺してやる!」
「お、落ち着いて下さいっ! 俺達は別に嘘教えたわけじゃ……」
「そそそうですよ! だってほら、召喚獣って普通召喚主のことをご主人様って呼ぶじゃないですか!」
ちゃんは隊長に召喚されたわけだから、隊長が主人にあたるわけで!」
「そうそう! だから、俺達はちゃんにそれを教えたまでで……」

 そこまで言って。旅団員達はぴたりと口をつぐんだ。
 ……槍を握るイオスの手が、ぶるぶると震えている。


 ―― や ば い 。




「…………こ……ンの、

大馬鹿者共がーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」

「ギィャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」





 ……その日。野営地そばの小川に、五人の旅団員が満身創痍で流されているのを、たまたま充電のため日光浴をしていたゼルフィルドが発見した。
 引き揚げられた彼らは、何があったと問うゼルフィルドに、ただ槍がーとかダブルムーブが追ってくるーとかうわごとのように繰り返し、三日ほど使い物にならなかったという。







「……というわけで。イオスさんのことを、ご主人様って呼んではいけないそうです」

 ――ルヴァイドのテント。書類に署名をしたためている彼の前にコトリと紅茶の入ったカップを置くと、は残念そうにほぅっと溜息をついた。

 顔なじみの旅団員達にこの世界のことについていろいろ教わっているうちに、召喚獣は召喚主のことを主人と仰ぐのが一般的だということを聞かされた。

 ……異世界リィンバウム。戦いだとかそういうものを除けば、日常生活における基本的な一般常識はのいた世界、現代日本と大差なかったけれど、それでも「異世界」であることに変わりは無い。
 自分の行いの全てがここでも受け入れられるとは限らないのだ。だから、どこかで何か常識はずれなことやマナー違反なことを無意識のうちにやっているのではないか、とは常に気にしていたのだった。

  だから、主人と呼んだ方が良い、それが召喚獣のマナーなのだと教えられて。大切なことを教わって良かったと思っていたのに。

 の召喚主……イオスは、そんな彼女の思いとは裏腹に、ただ顔を……耳まで真っ赤にして、確かにそういうこともあるが、は自分をご主人様などと呼ぶ必要は無い、むしろ絶対に呼ぶな、頼むからと数十分にわたってお説教をしてきたのだった。

 思いっきり叱られましたと言ってがしょんぼりと肩を落とす。
 悲しげにうつむく少女の肩をポンと優しく叩いてやると、ルヴァイドは机の下からガサゴソと紙袋をひとつ取り出した。

「これを着て、明日もう一度イオスをそう呼んでみるといい」

 突然押し付けられた紙袋を手に、がきょとんと目を瞬く。
 しかし、ルヴァイドにきっとイオスが喜ぶぞと言われると、少女は嬉しそうに顔を輝かせて頷いた。






 ――翌朝。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!??
なななな何なんだ何なんだその格好は!!?? 」
「えぇっ!? これでも駄目なんですか、ご主人様っ!?」
「うわちゃんメイド服! (萌え!)」
「見るなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ(ドスドスドスッ)!!」
「ギャアァァァ!!」
「もう、何で駄目なんですかっ!
これを着てご主人様って呼ぶのが召喚獣のマナーだって、ルヴァイド様が…… 」
「ルヴァイド様ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!??」


 朝日が差し込む野営地にイオスの絶叫がこだまする。


 テントの中で、その絶叫をBGMに優雅に目覚めのお茶をすすっていたルヴァイドは、何やら楽しそうにフっとその口許を緩めた。



「……まぁ、湿原での失態は、このくらいで許してやるか」





閑話1 END