call my name
「きゃあぁぁぁっ!」
「貴様!アメルを離せ!!」

 ――闇夜の街道。一度決着がつきかけたかと思われた聖女一行との戦闘は、ルヴァイド率いる別働隊の到着により、再び混戦へともつれていった。





「……っ、ね、眠りの吐息を――スウィートブレス!」

 後方で回復に専念するよう言われていたも、聖母プラーマ片手に団員達の間を駆け巡るうちに、 いつの間にか敵味方入り乱れる前線へと追いやられていた。
 暗闇の中、覚えたばかりの召喚術を放ちながら、飛んでくる弓矢や槍の応酬から必死で逃げ惑う。
 だが、走りながら慣れない術を連続して使えば、それだけ体力も消耗する。

 ルヴァイドやイオス、ゼルフィルドとは距離が離れている。他の旅団員達も己の目の前にいる敵の相手で精一杯だ。自分の身は、自分で守るしかない。

(――駄目……どこかに、身を隠さないと……!)

 もつれ始める足に体力の限界を感じたは、何処か隠れられる場所はないかと慌てて周囲を見回した。
 暗闇の向こう、少し離れた場所に背の高い草がまとまって生い茂る場所が目に止まる。
 とりあえずあそこに隠れようと、そう判断したは全速力で草むらへと駆け出した。

 しかし……。

「きゃっ!?」
「えっ!?」

 走り出した矢先に急に正面からドン、と何かがぶつかってきて、 勢いに押されてはそのままドスンとしりもちをついた。

「な、なにっ……?」

 痛む腰をさすりながら、一体何にぶつかったのかと顔を上げる。
 すると、そこにはと同じようにしりもちをついて、俯きながら腰をさすっている金髪の少女がいた。

  ――少女。旅団の人間ではない。

 その姿に、ははっと表情を強張らせた。


(――敵……!)


 暗がりではっきりした顔立ちはわからないが、それでも目の前にいるこの少女は明らかに自分より年下に見えた。しかし、その手に握られている無色のサモナイト石が、彼女がれっきとした召喚師であることを示している。

 ……何かをしなければ、自分が攻撃を受ける。
 自分の身は自分で守らねばならないのだ。そうすると約束して、ルヴァイド達に自分がこの戦いに同行することを無理矢理納得させたのだ。

 ――召喚術を、使わなければ。

 急いでポケットの中にあるサモナイト石に手を伸ばす。しかし、石を握り締めて、はあっと小さく悲鳴のような声を漏らした。

 いつも、石に触れたときに感じる、力――それをこの世界では魔力と呼ぶのだと教わった――が流れ込んでくる感覚が無い。
 魔力を感じないということ。それは……。

(――どうしよう、もうヒポス・タマスもスライムポッドも使う魔力残ってない……!)

 どうしたら、との頭の中が一瞬にして真っ白になった。
 愕然としているの目の前で、いったぁい……と半泣きになりながら腰をさすっていた少女がようやく顔を上げた。
 ここでようやく、少女の琥珀の瞳がの姿を映す。

「あっ……!」

 目が合って。も少女も、お互いにはっと息を飲んだ。
 ――しかし、攻撃態勢に入るかと思われた少女は、次の瞬間「ああーっ!」と場にそぐわない素っ頓狂な声を上げてを指差した。

「あっあっ! あなた、湿原でテテノワールを召喚した……!?」
「……っ!?」

 思いがけない少女の反応に困惑したが、しりもちをついたままでズルリ、と後ずさる。

「待って、あなた……!?」

 少女が何かを言いかけて手を伸ばした、その時だった。

「――危ない!ミニス!!」

 少女の後ろに現われた人影。赤いマントを身に纏ったその青年は、の姿に一瞬驚いたように眼鏡の向こうの瞳を見開いたが、すぐさま右手に握った杖をふりかざした。

「機界の従者よ、我が呼び声に応えよ――……」

 呪文の詠唱とともに、の足元に強烈な風が立ち昇った。

「いでよ、ウィンゲイル」

 風が、強くなる。
 は、とっさに横にいたテテを胸に庇うように抱きしめた。

「コマンド・オン――ダブリーザー!」

 轟音と共に、の身体が闇夜へと舞い上がる。




 ……ごめんなさい、イオスさん。
 やっぱり私、何の役にも、立てそうにないです―――……。





「――っ、ネスティ、その……ないで……!!」

 飛ばされる意識の中で、ミニスと呼ばれた少女が何か叫んでいるのを聞いた気がした。







◆◆◆






「よ、小僧。この前はどうもなぁ」
「イオス、お前達なんかにアメルは渡さないっ……ロックマテリアル!」
「――お前に呼び捨てにされる覚えはない!」

 蒼の派閥の制服を着た青年から放たれた召喚術を横飛びで避けてから、イオスは暗黄色の髪をした剣士へと槍を突き出す。

「いい加減諦めたらどうだ! 囲まれているお前達に勝ち目はない!」
「そんなんまだわかんねーだろうがっ!」

 再び飛びかかってくる剣士を迎え撃つべく、イオスが槍を構え直した。


 ―――は無事だろうか。


 彼女の事が気がかりだったが、しかしこの状況――目の前の二人の敵とこの暗闇――ではその姿を確かめる術はない。

「フォルテ! これじゃキリが無いっ!」
「ちっくしょう……」

 フォルテと呼ばれた剣士が悔しそうに舌打ちをした。

 闇夜で混乱する戦場。
 いい加減片をつけようと、イオスが鋭い視線で自分の前に立ちはだかる二人を睨み据えた。
 まずは召喚師の方からだと、狙いを定めてステップを踏む。
 ――しかし、急にビュウッと音を立てて吹き荒れた強い風に、飛び出しかけたイオスの足はその場へと縫い止められた。

「――!?  なんだ……!?」

 突然吹き抜けた一陣の風。思いがけないそれに、その場にいた全員が一瞬戦いの手を止めた。
 今夜は草ひとつなびかない、風のない夜だった筈。
 慌ててイオスがあたりを伺うと、風が吹きぬけた場所が一気に白い霧へと包まれていった。

「何だこれは、召喚術か!?」

 閉ざされた視界の中必死に敵の姿を探すが、瞳にうつるのはただ白一色のみ。

「今だマグナ! ずらかるぞ!」
「――っ、させるかっ……!」

 声のした方へ槍を振るうが、手ごたえは無い。



 ―――まやかしの霧が晴れた時、そこに聖女一行の姿は、なかった。






「……逃げられたようだな……」

 急に静かになった草原の彼方を睨みながら、ルヴァイドが苦渋に満ちた声でつぶやいた。

「は……申し訳有りません」
「――逃げられたものは仕方が無い。
まぁ、おそらく連中の行き先はファナンだろう。陣に戻ってから追跡隊を組織する」

 軍の現状を確認しろ、と言われ、イオスは一礼してから散り散りになった旅団員の下へと向かった。

「こちらの被害状況は?」
「はっ……負傷者が何名かおりますが、死者は出ていません」

 混戦になった割には被害はたいしたことが無い。それに少しほっと胸をなでおろしてから、イオスはもう一度辺りを見渡した。
 月明かりの下、旅団員達は各々召喚師に回復の術を受けたり、薬草を使って傷の手当てをしている。
 ――しかし、その中にの姿が見つからない。
 そのことに気付いて、イオスはぎくりと背筋を強張らせた。


 ――……彼女は?


「……おい、は……」

 彼女はどこだ、と言いかけた時、 ひとりの旅団員が何やら慌てた様子でこちらに駆け寄ってくるのが目に入った。

「たっ隊長! 報告します!」
「何だ!?」
「そ、その……」

 イオスの顔を見て、何かをいいかけていた青年が突然言葉に詰まった。
 その様子に、イオスの脳裏に嫌な予感が走る。


 ――彼女がいない。

 ……が、いない。


「……何だ、早く言え!」

 知らず、イオスの声が荒くなる。
 今にも激昂しそうな隊長の前に跪いて頭を垂れると、 青年は唇を震わせながら口を開いた。

「はっ……そ、その……。
先ほどの戦闘で、殿が……」




 敵の召喚術で倒れ、そのまま連中に連れ去られたと――……。



「―――っ!」

 男の報告に、握り締めたイオスの拳から、ツっと一筋赤い血が、滲んだ。





第6夜 END