……あ、イオスさん。
よかった、無事だったんですね。怪我とか無いですか?
ほら、私プラーマ持ってますから、治療を……
……え?
なんですか?
ここからじゃ、遠くて
聞こえない―――……
「あ! アメル、トリス、目さましたよっっ!」
第7夜 月下の来訪者
重いまぶたを開けると、そこにうつったのはいつもの天幕ではなく。
金髪に琥珀色の瞳をした少女の嬉しそうな顔と、見知らぬ天井だった。
「―――え? なん、で……」
ここは、どこだろう。
まだ頭が働かない……。
ぼうっと焦点を彷徨わせているの枕もとで、立て続けに嬉しそうな声が響いた。
「わっ、よかったぁ! ね、あなた、どこか痛むところは無い?」
「気分はどうですか?」
の顔を覗き込むようにしてその姿を見せたのは、紫紺の髪と亜麻色の髪の少女二人。
「え、ええと……はい、大丈夫、です」
とりあえず、問われるままに返事をする。
そのまま素直に差し出される手をとって、はベッドの上にゆっくり上半身を起こす。
ふぅ、と息を吐き出すと 、ようやく頭がまわりはじめたのがわかった。
「私はミニス。ね、あなたの名前は?」
ベッドにちょこんと腰掛けて、金髪の少女がの顔を覗きこんだ。
「ええと……、です」
「さんかぁ、私はトリス。よろしくねっ」
「アメルです」
「……あの、ここは……?」
怪訝そうな様子のに、トリスと名乗った少女がああ、と 口を開いた。
「ここはね、ファナン。あの草原から三時間くらいの場所にある港町だよ」
「ファナ……ン……?」
……ファナン?
……なんで、私、そんなところにいるの?
……それより、この人達って……
しばらく考え込んでいたがはっと顔を上げた。
「ま……待って!? 私、あの草原で気を失って…… 」
「はい、怪我なさってたので、一緒に来てもらったんですよ」
亜麻色の髪の少女……アメルが、勝手にごめんなさいね、と頭を下げる。
アメルの反応に、はぱちくりと両目を瞬いた。
――どうやら自分は、あの草原で気を失って、それをこの少女達に助けられたらしい。
しかし、その事実はをますます混乱させるだけだった。
「いや、あの、そうじゃなくて……
……どうしてですか? 私は、その、敵、なのに―――……」
――そう。
今目の前にいる少女達は、の記憶が間違っていなければ
黒の旅団が狙っている「聖女一行」の人間のはずだった。
「あぁ……それは……」
の言葉に、トリスがちらりとミニスへ視線を向ける。
トリスにこくんと頷いてみせてから、ミニスがまっすぐの顔を見つめた。
「うん、確かにあなたは敵みたいだけど。
でも怪我人放っておけなかったし、それに……」
「……きゃっ!?」
だが、ミニスの言葉は突然首にしがみついてきた「何か」に驚いたの悲鳴で遮られた。
「な、なに……っと、テテ!?」
を押し倒さんばかりの勢いで首にしがみついてきたもの。話を遮ったそれは、まぎれもなく彼女の護衛獣――テテだった。
ぎゅうっとにしがみついたテテは、そのままぐりぐりと顔を押し付ける。
首筋にふれるやわらかい感触に、たまらずが笑い出した。
「あはは、ちょっとテテってば、やめて、くすぐったいよぉ……」
そんなの様子に、ミニス達三人は顔を見合わせると優しく微笑みあった。
「うふふ、そのテテさん、ずうっとさんのそばからはなれなかったんですよ?」
「そうそう。さっきまでベッドの隅で寝てたんだけど、話し声で起きたみたいね」
アメル、トリスの言葉に、はあっと小さく声を漏らした。
(……そうか。私、あの時テテを抱きしめたまま気を失ったから――……)
草原で召喚術を浴びた時、とっさに真横にいたテテを抱き寄せた。
しかしテテからすれば、自分を抱きしめたまま主が気を失ってしまい、おまけに見ず知らずの者達に連れてこられて……さぞかし、心細かったことだろう。
見れば、負けん気の強いテテの緑の瞳が、ちょっぴり涙に濡れている。
「心配かけてごめん。ありがとね、テテ」
そう言ってぎゅっと抱きしめてやると、テテはよかったとでも言うようにコクコクと何度も首を縦に振った。
「……やっぱり。あなた、召喚獣のこと、すっごく大事にしてる」
え、と顔を上げると、何故だかとても嬉しそうに微笑むミニスと目が合った。
「、草原で召喚術受けたときこの子のこと庇ったでしょう?
自分が危ないときにまっさきに召喚獣を庇える人なんてそうそういないもの。
だから私、皆に頼んだんだ。あなたのこと助けてって」
「ミニス……さん」
思いがけないミニスの言葉に、がきょとんと目を瞬く。
「召喚獣と友達になれるような人だったら、絶対悪い人じゃないものっ」
自信に満ちた声でそう言うミニス。
その横で、トリスがにやにやしながらミニスを肘で突付いた。
「もー、素直に言いなさいよミニス。要は同じ『召喚獣と友達になれる者』どうし、話をしてみたかったんでしょ?」
トリスの言葉に、ミニスが慌てたように頬を赤く染めた。
「べ、別に、好奇心だけじゃないわよっ! ひ、人としてね、怪我人を放っておくのは……」
「そお? でもミニス、フロト湿原の後からずーっとのこと気にしてたじゃないー」
「そ、それはっ、おお同じメイトルパの術者としてねぇっ……!」
アメルは、そんな二人のやりとりを困ったわねぇとでも言うように苦笑を浮かべて見守っている。
しかし、トリスとミニスの様子をあっけにとられたように口をあけて見つめているに気がついて、あのですね、と話し掛けた。
「さんが驚かれるの、無理ないと思います。
私達も……ミニスちゃんがね、気を失ったあなたをローレライさんに抱きかかえさせて連れて来た時は正直びっくりしちゃったんですけど……」
「そうね……ネスなんか、『君はバカかー!』って連発してたもんねぇ……」
敵を連れてくるなんてどういうつもりだ、ほっといたって旅団の連中が治療するだろうとか、霧の中を走りながらものすごい剣幕で怒っていた兄弟子の姿を思い出し、トリスがうんざりしたように顔をしかめた。
「……なのに……どうして、私を?」
が、当然の疑問を口にする。
ネスというのが誰なのかはわからないが、助けてもらっておいて申し訳ないけれど、その人が『バカ』と言うのも当たり前だろうと思う。
自分は、聖女――アメルを狙っていた「敵」なのだ。そんな自分を助けてしまうなんて、普通考えられない。
ただただ瞳に困惑の色を浮かべるに、アメルが優しく微笑んだ。
「確かに……ね。さんは、旅団の方ですけど。
でもね、仲間が『この人を助けて』って怪我人を連れて来た。そしたら、それが敵だからって放り出すなんてこと……出来ないですよね。 」
「そうよぉっ!それに、私達湿原でに助けられてるんだもの。恩返ししなきゃ人の道に反するわっ!! 」
アメルに続くように、ミニスが拳を握り締めて元気一杯に言い放つ。
「―――と。あなたを助けたのは、こういうワケなのよ?」
ぽかんとしているの顔を覗き込むと、トリスが茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
しばらくの間、呆けたように彼女達の笑顔を見つめていたは、やがて心の中でそっとため息をついた。
……お人よしにも程がある。何の打算もなしに敵である自分を助けてしまうなんて。
それでも、この人達はそれが出来てしまうのだ。
悪人でもなんでもない。 彼女達は、初めてゼラムで垣間見た印象の通り、明るくて、ただただ、優しい人達――……。
ありがとう、とが口にしかけた時だった。
「―――だからテメェらは甘いってんだよ」
いつの間にか空いていたドアの向こうから、冷たい声が響いた。