call my name
 それは、今だかつてが聞いた事もないほど冷たい、冷たい声だった。

「……リューグ」

 いつからそこに、とアメルが戸口に立っている少年に声をかける。

「……あ、えっとね、彼はリューグって言って……」
「てめぇらが皆殺しにした、レルムの住人だ」

 驚きのあまり固まっているに説明しようとしたトリスの言葉を遮って、リューグがきつくを睨みつけた。


 そして放たれる言葉。


「馬鹿馬鹿しい。
……生きてる資格なんてねぇ。お前らなんか」


 生まれて初めて真正面からぶつけられた「殺意」に、は思わず息をのんだ。








◆◆◆







「――ちょっとリューグ! いきなりあれはないんじゃないの!?」
「うるせぇ! ガキは黙ってろ!!」

 休みたい、と言うを部屋に残して皆の集まる道場へとやってくるなり、ミニスとリューグが大声で怒鳴りあった。

「大体、なんであんな奴助ける必要があったんだ!
敵だぞ、敵! しかも黒騎士の仲間! わかってんのか!? 」
「で、でもねリューグ、彼女……は、怪我してたし、私達湿原では彼女に助けられてるわけだしさ……」

 激昂するリューグをなんとかなだめようと、トリスが睨みあうミニスとリューグの間に割って入るが、リューグは再び、黙れ、だいたいお前らは……と拳を震わせて目の前の少女達を怒鳴りつけた。

「――少し落ち着け、リューグ」

 ふぅ、と疲れたように息を吐く音が聞こえて。ため息の主――それまで壁にもたれたまま黙って話を聞いていた青年――ネスティが、静かにリューグをたしなめた。

「……っな、ネスティ! お前までこいつらの肩持つのか!?」

 昨夜までリューグと同じくを連れて来たことに怒りをあらわにしていた筈のネスティの反応に、リューグが裏切り者、とでも言いた気に食って掛かった。
 今にも怒りに任せてネスティの胸ぐらをつかみそうな勢いのリューグに、もう一度落ち着けと言うと、ネスティは再び重いため息をついた。

「君の気持ちはわかる。今回のことは、明らかに……彼女達が、軽率だ。
何の考えもなしに、ただ相手が自分達と同じ年頃の少女だったからって言うだけで信用して、興味を持って、……あまつさえ、連れてきたりして。
――いい加減、僕も呆れて物が言えないよ」

 すっと冷たい視線を向けられて、ほぼ図星をつかれた少女達……トリス、ミニス、アメルの三人がうっと肩をすくめた。
 そんな様子にはぁ、とまたため息をついて。そのまま彼女達から視線を外すと、ネスティは感情のこもらない声で話を続けた。


「――けれど、旅団員であるあの少女をこちらに置いておくことは、よく考えてみれば悪くは無い話だ。
あいつらに対する、いい人質になる」


 ネスティの言葉に、ミニスがはっと顔をあげた。

「ちょ、ちょっと待ってネスティ! 私、そんなつもりでを助けたんじゃないわっ!」
「そ、そうよネス! は、怪我が治ったらちゃんと旅団に帰してあげなきゃ……」

 ミニスとトリスの言葉に、ネスティがぴくりと頬を引きつらせた。
 眉間の皺がぐっと深くなる。

「……どこまで君達は馬鹿なんだ。彼女を解放してみろ、旅団にこっちの動きが筒抜けじゃないか。
それに、彼女が、わざとこっちに捕まるよう動いたという可能性だって捨てきれない」
「――なっ、ネス、がスパイだって言うのっ!?」

 言っていい事と悪い事があると、トリスが怒りもあらわに目の前の兄弟子をきっと睨みつけた。

「あのな、そういう可能性だって考えて動かなければ危険だと……!」
はそんな子じゃないわっ!」
「そうよそうよ!」
「ちょ、トリスさん、ミニスちゃん、落ち着いて……」

 道場に、ぎゃあぎゃあと言い争う声がこだまする。
 同じく道場に集まってその様子を見守っていた他の面々は、尽きることを知らない言葉の応酬に、どうしたものかと半ば呆れ気味に肩を落とした。





 しかし、そのまま延々と続くかと思われた言い争いは、思いがけない形で遮られた。

「……あの……」

 ふいに響いた聞き慣れない声。それに、あれほど騒がしかった一同がピタリと口を閉ざした。
 声をした方に顔を向ければ、そこには遠慮がちに道場の入り口に佇んでいるの姿があった。

「……あ、。ね、寝てなくて平気なの!?」

 慌てて駆けよってくるトリスにはい、と頷くと、はゆっくり道場へと足を踏み入れた。
 驚いて目を見開いている面々の横を通り過ぎ……リューグの前で、はぴたりとその足を止めた。
 一瞬ぎょっとしたリューグだったが、すぐにその瞳に敵意が満ちる。

「何しにきやがった……!?」

 その問いには答えぬまま、は手に握り締めていた紫のサモナイト石にそっと語りかけた。

「――リプシー、お願い……リトルヒール……」

 の手元から小さな紫の光が溢れ出す。
 願いに応えて現われた小さな霊精は、 リューグの右足首にふわりと触れてから再び霊界へと戻っていった。

「……な……!?」
「――さっき、少しだけ右足……引きずってたから。
痛むのかなって、思って……」

 面食らっているリューグに、が消え入りそうな声で告げる。

「リューグ……それ、草原の時の怪我でしょう?
また痛み出したのなら言ってくれればよかったのに……」
「別に、放っときゃ治ると思ったんだよ」

 心配そうに様子を窺ってくるアメルにぶっきらぼうに返事を返すと、リューグはサモナイト石を握り締めたまま立ち尽くしているに向き直った。

「……何考えてんだ、お前」

 だが、は少し怯えたように顔をゆがませるだけで、返事をしない。
 リューグと目が合うと、彼女はぱっと顔を俯かせた。
 その様子に、リューグは軽蔑したようにハッと短く息を吐いた。

「何だよ、罪滅ぼしのつもりか?
こんなことしたってなぁ、お前らのしたことは……」
「お、おいリューグ! ちょっと言い過ぎ……」
「うるせぇ、口挟むなマグナ!」

 思わずたしなめたマグナをリューグが怒鳴りつける。

「何したってな、こいつが黒騎士の仲間であることに変わりはねぇんだよ!
村を滅ぼした、あいつらのな!」

 リューグの声が、道場に響き渡る。
 その叫びに、誰も、何も言えなかった。






 重い沈黙の中、ふいに目の前に現われた人影に、俯いたままだったが顔を上げた。
 目の前で、静かにを見下ろしていたのはリューグとそっくりな……けれど、彼とは正反対に感情の読めない静かな瞳をした少年。

「……僕はロッカ。リューグの兄です。
――どうして貴女は、何も言わないんですか? ここまで言われて……どうして? 」

 思いがけない質問にの瞳が困ったように揺らぐ。少し考えてから、は小さく首を左右に振った。

「だって……何も言えません」
「……」

  の返事に、今度はロッカの瞳に困惑の色が浮かぶ。
 彼はしばらくの間の表情をじっと見つめてから、再び彼女に問いかけた。

「……僕は、村が襲われた時黒騎士達と戦いました。
けれど……僕の記憶が間違っていなければ、あの場に貴女の姿はなかったと思うんですが」
「そういえば……確かに、あの時女の子なんていなかったわよねぇ……」

 記憶を辿りながら口にされたトリスの言葉に、アメルがそうですよね、と肯定の言葉を返した。
 いなかったわよね? とトリスに目で問い掛けられて。……この場合、戦いに参加していないという意味では確かにその通りだと思い、戸惑いながらもはこくりと頷いた。

「……だったら、自分は違うと言えばいいのに。
――何故貴女は、弟にここまで責められても、何も言い訳をしなかったんですか?」

 ロッカの問いに、全員の視線がに集まった。
 皆が黙って彼女の返事を待つ。
 はちょっと居心地が悪そうに手元をもじもじさせてから、静かに口を開いた。



「……確かに……私はあそこに……レルム村の戦いには参加していませんでした。
――だけど……」



 ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎながら、の脳裏にあの夜……リィンバウムに喚ばれたあの夜の惨劇が甦る。
 赤く燃え上がる炎や、ぬるりとした血の感触は今でもはっきりと憶えている。
 あの村の住人だという彼らの怒りは最もだと思う。


 だけど、それを行ったのは黒の旅団。
 今、自分を優しく庇護してくれている、あのひとたち。
 けれど……自分は全てを知るわけではないが、間違いなく彼らは自分達の行いに苦しんでいた。少なくとも、の瞳にはそう映った。
 ゼラムに行った時イオスが垣間見せた苦し気な表情は今でも鮮明に思い出せる。

 詳しくはわからない。けれど、旅団にとってこの戦いは、確かに不本意なものなのだ。本当は彼らとてこんな戦いに身を投じたくなどないのだ。

 ――しかし、彼らの意思ではないにしろ、過去の行いは決して許されるものではない。
 それでも、自分はあのひとたちを憎めない。嫌悪することも出来ない。
 彼らがその手を血に染めていることを知った上で、それでも、自分は彼らが、好きなのだ。
 自分に居場所を与えてくれた大事なひとたち。

 そう……自分は今、「黒の旅団」の一員なのだ。




 だったら、旅団の一員として、今自分が出来ることは――……。




「だけど、私は間違いなく旅団の一員だから。
戦いに参加していなくても、責任は、あると、思うから……。
だから、何も言えない。言い訳なんて、出来ません」

 許されることじゃないけど……ごめんなさい。

 そう言うと、はゆっくりと頭を下げた。







「……さん。頭を上げて下さい」

 ややあって、聞こえてきたのはアメルのやわらかい声。
 そっとが顔を上げると、そこには優しく微笑むアメルがいた。

「確かに、旅団の方達がやったことは……許せないことですけど。
でも、私はさんが憎いわけじゃないですから」

 そう言って、アメルはそっとの手を握る。

「アメルさん……?」

 驚いて目を見張るに、今度はロッカが話し掛けた。

「アメルの言う通りです。
旅団員であるあなたへは、正直色々複雑な気持ちが湧きますけど……それでも、僕が憎いのは、仇と思うのは、あの場にいた黒騎士達であって、貴女じゃない。
でも……謝ってくれて、ありがとうございます」
「ロッカ……さん……」
「リューグも、もういいわよね?」

 アメルの問いに、リューグは黙ったままそっぽを向く。

「……リューグ?」

 再び、アメルが名前を呼んで。

 チッと舌打ちすると、リューグは面白くなさそうに髪をかきむしった。

「……わかったよ……」

 そう言うと、リューグはに顔を向けた。
 そして……。

「……痛み、ひいた。……礼、言うぜ……」

 小さな声で告げられた言葉。
 さっきまでとは違う、やっぱり怒ってはいるけれど、それでも憎しみの棘は抜けている声。


 ……どうして、この人達はこうやって「許せて」しまうのだろう。
 の頭の中で、あの惨劇と、旅団の皆の顔と、今目の前にいる者達の顔がぐるぐるとまわる。
 どうしようもない優しさに触れてしまって。どうしたらいいかわからなくて。申し訳なくて。
 の瞳から、ポロポロと涙が溢れ出した。



「ごめん、なさい……

――ありがとう……ございます……!」


 ようやく口に出来たのはこの言葉。
 は、もう一度深く深く頭を下げた。