call my name
「だーッ! まだどっか行くのかよー!」
「うるさいなぁマグナ! 黙ってついてきなさいっ!」

 荷物持ちをさせられ、あちこち引っ張りまわされて限界らしいマグナが悲鳴を上げる。
 だが、そんな兄の叫びをトリスはぴしゃりと一蹴した。



 ――ファナンで目覚めた翌々日。体力の回復したは、トリス、アメル、ミニスの三人により、なかば強引にファナンの街見物へと連れ出されていた。
 女の子四人ともなれば、必然的に「ショッピング」要素が強くなるわけで……結果、荷物持ちとしてマグナも同行させられている。
 文句を言いつつもトリスに逆らえないらしいマグナ。そんな双子の様子を、は微笑ましいような、そしてちょっとだけうらやましいような気持ちで眺めていた。

「んん〜、いいなぁファナン、人の活気であふれてるって感じで!」
「確かに、ゼラムに比べてなんだかのびのびしている感じがしますよね」

 市場をひやかしながら、トリスとアメルが楽しそうに話す。
 ――港町ファナン。聖王都ゼラムのように美しく整備されきったものとは違う、貿易都市ならではの活気と底抜けの明るさが魅力の街だ。頬に触れる海風も気持ちがいい。

(……ゼラム……か……)

 アメルの言葉に、はイオスとゼラムに行ったときの事を思い出した。
 突然いなくなってしまって。イオスはきっと今頃心配しているだろう。
 けれど、この辺りの地理などまったくわからないには、旅団の皆がどこにいるのかなど皆目見当がつかない。どうにか帰りたい……せめて無事だと伝えたいけれど、何も手段がないのが現状だった。


「わーっ! ねぇねぇ皆、こっちきて、可愛いよっ!」

 少し先を歩いていたミニスが、アクセサリーを置いている店のショーウィンドウの前で何やら興奮気味に手招きをしている。

さん、行ってみましょう?」
「あ、は、はいっ」

 アメルに促され、ぼうっとイオスのことを考えていたは慌てて頷く。

 ――今後のことを思うと途方もない不安に気が遠くなるが、それでもはまだこの異世界でひとりで生きる術を持たない。今はただ、彼女達にされるがまま身を任すしかなかったのだった。







◆◆◆





 ミニスのお眼鏡にかなったのは、色とりどりの硝子やビーズを使ったアクセサリーを扱っている、いかにも女の子が好きそうな可愛らしい店だった。

「うわーっ、これ可愛い……」
「いいじゃん、似合ってるよー。買っちゃえば?」
「ううううーん、どうしようかなぁ……無駄遣いすると、お母様に怒られるのよねえ……」

 色とりどりのビーズをつなげたペンダントを目の前に、ミニスとトリスが何やら考え込んでいる。

「……女の子って、なんでこういうの好きなんだろうなあ……」

 品定め中の二人から少し離れた場所に立ちながら、女の子ばかりの店内に居心地の悪さを隠し切れないマグナが、落ち着き無く視線を彷徨わせている。
 そんな彼の様子をくすりと笑って、が言った。

「マグナさんは、こういうところ、苦手なんですか?」
「あー、うん。俺全然ダメ」

 きらきらしてたりレースがひらひらしてたりするような場所って、どうにも落ち着かないんだよなぁ、とマグナがぼやいた。
 確かに、年頃の男の子にとってこういう場所は落ち着かないものだろう。
 きらびやかな店内を見回しているうちに、ふと、はゼラムでイオスにペンダントをもらった時の事を思い出した。
 加工をしてくれたあの店も、ここよりはもう少し落ち着いた佇まいだったが、やはり女の子ばかりの店だったような気がする。

(……でも、イオスさんは、ひょいっと1人で行っちゃってたよなぁ……)

 涼しい顔で自分にペンダントをつけさせ、かつその後で額にキスされたことを思い出して、の頬がぽっと桜色に染まった。
 と、そこにトリスとミニスが戻ってきた。

「ごめん、お待たせ〜。……あれ? 、なんか顔赤いよ?」

 大丈夫? と顔を覗きこんでくるトリスに、は慌てて手をぱたぱたと振った。

「い、いえ、大丈夫ですっ。
それよりミニスさん、買わなかったんですか? あのペンダント……」

 話をそらそうと慌てて手ぶらのミニスに声をかけると、ミニスがそうなのよぅ、と肩をすくめた。

「お財布の中身がねー、心もとなくって」

 残念そうに口をとがらせるミニスに、また今度来ましょうよなどと皆で声をかけながら、五人は店をあとにした。




「そういえば、もペンダントつけてるよね?」

 ペンダント、で思い出したのか、ミニスがの胸元に視線を向ける。
 ミニスの言葉に、全員の視線がぱっとに集まった。

「あ……はい。大事な、ものなんです」
「へぇ〜、いいな、きれいな緑色で、に似合ってるよね」

 そう言ってペンダントを眺めていたトリスだったが、何かに気付いたのかん? と首をかしげた。

「――ね、
これってひょっとして……サモナイト石のかけら?」

 触れてもいないのに言い当てられてしまい、は驚いてトリスの顔を見る。
 やはりトリスは召喚師だから、わかってしまうのだろうか?
 そんな事を考えながら、はこくんと頷いてみせた。

「はい……。サモナイト石ですよ。
私をリィンバウムに喚んだ…… 」



「……『喚んだ』!?」

  の口から発せられた言葉に全員がぎょっと目を剥いてその足をとめた。

「……あ……」

 はっと気がついたは慌てて自分の口に手をあててふさぐような真似をするのだが、もう遅い。
 ここにいるのは全員召喚術を扱う人間だ。その言葉には、何よりも敏感。
 アメルが、琥珀色の大きな瞳をさらに見開きながら、震える声で尋ねた。

「よ、喚んだって……。
あの、さんって……まさか……」
「しょ、召喚獣……なのか……!?」

 アメルの後に続くように、マグナが驚きのあまり荷物を取り落としそうになりつつ の顔を覗きこんで。



 ――色々説明するのが大変そうだったし、必要ないと思ったから黙っているつもりだったのだが。
 ……言ってしまったものは仕方が無い。

 まじまじと自分を凝視してくる彼等に、は困ったように笑って頷いた。







◆◆◆






「あ、あのイオスに召喚されたなんて……」
「しかも、名も無き世界……かよ……」

 大通りのカフェ。そこのオープンスペースに、の話を身を乗り出して聞いているトリス達の姿があった。
 請われるままに自分の状況を説明したは、ふと召喚師であるトリス達なら元の世界に帰る方法を知っているかもしれない……と思って尋ねてみたが、それに関してはトリス達も今の自分達ではわからない、と申し訳なさそうに首を振った。

「……でもさぁ、やっと私、が黒の旅団にいる理由がわかったよ」

 ちゅう、とオレンジジュースをすすっていたミニスが口を開いた。

「フロト湿原で初めてを見た時からね、不思議だったの。どうして旅団にみたいな女の子がいるんだろうって」

 ミニスの言葉にアメルがええ、と頷いた。

さん、軍人には見えませんでしたから……私もちょっと不思議に思ってました」
「でも、そういう事情だったんなら同行してるのも納得できるよなぁ」

 頬杖をついてそう言ったのはマグナ。

 フロト湿原の戦いの後、彼らは時折テテノワールを召喚した少女――の<ことを話題にしていた。
 黒いコートを着てはいたが、デグレアの軍服とは違っていて。自分達とさほど歳も違わないであろう、どこかあどけない顔立ちの少女。
 何故あんな子がいるのだろう、救護班とか偵察兵とかだろうか……などとあれこれ予想をめぐらせていたのだ。
 その答えが、の口から聞かされた「事情」により、今ようやくはっきりしたのだった。



「……ねぇ、……」
「はい?」

 ふいにトリスがの名前を呼ぶ。
 なにやら真剣な面持ちで、トリスはに向き直った。

「……あのさ。
……よかったら、私達と一緒に、来ない? 」

「えぇっ!?」

 唐突なトリスの言葉に、はもとよりその場にいた全員が素っ頓狂な声を揃えてトリスを凝視した。
 マグナが慌てて妹をたしなめる。

「ちょ……バカ、お前いきなり何言い出してんだよ!?」
「バカって何よ!
だって、の話聞いちゃったら、ほうっとけないじゃない! 」

 マグナにそうまくしたてると、トリスは再びに視線を移した。

「……その……今は、アメルのおばあさんのいる村を探しているんだけど……。それが終わったら、ゼラムにある蒼の派閥に一緒に行かない?
派閥の資料をあたれば、ひょっとしたら何か帰る手がかりが見つかるかもしれないし……」
「……あ、そういうことなのね……」

 トリスの言葉に、ミニスがなるほど、と頷いた。

 確かに、召喚術の真理を探究する蒼の派閥なら、何かしら手がかりとなるような文献が見つかる可能性はある。あくまで可能性だが……。
 それでも、どうやら召喚術はあまり得手としないらしい旅団にいるよりは、ずっと『帰る手がかり』に近づけることだけは確かだろう。

「……このまま黒の旅団と一緒にいても、色々と危険でしょう?
そりゃ、私達だって戦ったりするけど、軍隊にいるよりは楽だと思うし……。
――どう、かな? 」

 トリスの紫紺の瞳がの表情を伺っている。




 ――しばしの沈黙の後。うつむかせていた顔をあげたは、トリスの澄んだ紫紺の瞳をまっすぐに見つめた。
 そして、彼女に笑顔を向ける。

「ありがとうございます、トリスさん」
「……! それじゃあ……」

 一緒に来るのね、と顔を輝かせたトリスに、はゆるくかぶりを振った。
 それは、まぎれもない否定の意思。
 その様子に、トリスの表情が一気に曇った。

「え……な、なんで……?」

 困惑する彼女に、はごめんなさい、と頭を下げた。

「お気持ちはほんとに、本当に嬉しいです。
でも……」
「……でも?」

 言葉を止めてしまったをアメルが促す。
 胸のペンダントをそっと握り締めて、が続けた。

「――約束……してもらったんです。イオスさんに。
必ず、私が元の世界へ帰る方法を見つけてくれる、って」
「……イオス……が……」

 戦場で見る槍騎士の表情とから聞かされた台詞とのイメージが合わないのだろう、面食らったような顔をしているマグナにがこくんと頷いてみせる。

「約束、してくれたから……
だから、私はあのひとを信じて、待っていたいんです……」


 信じたいから、――信じてるから。
 だから、ごめんなさい。


 そう言って、はもう一度頭を下げた。







「――ん、わかった!」

 沈黙を破ったのは、トリスの明るい声だった。
「トリス……さん……」

 申し訳なさそうな瞳を向けるの手をきゅっと握って、トリスが笑った。

 トリスとしては、誓約がなされていないという、ほぼ「はぐれ」に分類されてしまう……見方によってははぐれよりも不可解かもしれない――の置かれた状況が心配だった。
 しかも、は元いた世界で戦闘経験がないという。そんな彼女が軍隊である旅団に属しているのはきっと苦痛なのではないかと、そう思ったのだ。
 ――しかし、の様子を見る限り、自分の心配はどうやら杞憂のものらしい。

がそこまでイオスのことを信じてるなら、いいんだ。 私も安心できる。
……でも……もし、手がかりが見つからなくて困ったら……いつでも訪ねてきてね。
どこまで出来るかわからないけど、でも、出来るだけ力になるから」
「……ありがとう……」

 出会ったばかりの、しかも本来は彼女達の敵である自分に救いの手を差し伸べようとしてくれたトリス。
 優しい優しい召喚師の少女に、も精一杯の笑顔で頷いたのだった。





「……でも、なんか……の話聞いて、ちょっとイオスのイメージ変わったなあ」

 頭の後ろで腕を組んだ格好で空を見上げながらマグナがつぶやく。
 彼の言葉に、が不思議そうに目を瞬いた。

「そう……ですか?」
「うん。俺、何度かイオスと直接戦ってるけど……が言ってたようなこと言いそうなイメージなくってさ。
まあ、戦場でのあいつしか見てないから、普段の性格知らないしな、当たり前といえば当たり前なんだけど」
「そうね……。
アメルを狙っている限り、敵であることに変わりは無いけど……でも、イオスのに対する態度は尊敬するな。立派だと思う」

 召喚師という立場から、に誠意を尽くそうとしているイオスの態度には好感が持てるのだろう、マグナとトリスがうんうんと頷きあった。
 イオスのことを誉められて、としてはかなり嬉しいのだが……ここにはアメルがいる。
 どうしたものかとそっとアメルの様子を窺うと、しかし目が合った彼女は大丈夫ですよとでも言うようににっこり笑ってみせた。
 そのまま彼女も話に加わる。

「でも、素敵ですよね。そんな風に信じられる相手がいるなんて……。
なんか憧れちゃいます」

 年頃の少女特有の、ちょっぴり頬を染めてどこかうっとりしたような表情を浮かべたアメルにそう言われ、はなんだか急に照れくさくなって、慌てて視線を宙に泳がせた。
 そんなの様子に、それまで黙って話を聞いていたミニスが突然ぐいと身を乗り出した。

「でもさでもさ、召喚主のことそこまで信じきれちゃうなんて……。
……ね、ってさ、イオスのこと、好きなの? 」







「・・・・・・・・・・・へっ??」







 思いがけないミニスの言葉に、ミルクティーを飲んでいたの口からぽろりとストローがこぼれ落ちた。
 マグナ達も、あっけにとられた表情のまま、まるでペトラミアにでも睨まれたかのようにその動きを止めている。


――す、き、??――


「え、ええと……あの、も、もちろん、好きですよ……?
いっぱいお世話になってますし……」

 目を白黒させながら答えるに、ミニスがチチチと人差し指を振った。

「そういう『好き』じゃなくてー。
いくら召喚主と召喚獣っていったって、男と女なんだしさ。ねね、どうなの?」
「え……えぇぇっ!?」

 そこまで信じちゃうなんてあやしいよーと言いながら、目をらんらんと輝かせて詰め寄ってくるミニスに、 が思わずびくっとその身を引いた。

 確か、ミニスはより数歳年下の筈なのだが……この大人びた発言は何なのだろう。



 ――しかし、それ以上に……は彼女の言葉に動揺している自分自身に困惑した。



 ……そんなこと、考えたことも無かった。
 イオスのことを好きかと聞かれたら、もちろん好きだと答える。
 今の自分にとって、彼は何よりも大切な人だ。





 けれど、その、「好き」の種類は――……?





「あ……ああ、ほらほら、ミニスちゃん。さん困ってるじゃないですか」
「そ、そうよミニス。いきなりそんなこと聞くもんじゃないってば」

 顔を赤くしたままその場に固まってしまったに気がついて、アメルとトリスがミニスをたしなめる。
 二人に止められて、おませな召喚師はちょっと不服そうに口を尖らせつつもそれ以上の追求は諦めた。

「……で、でもさ……そうなると、あとはがどうやって旅団に戻るかが問題だよなぁ……」

 話題を変えようと思ったのか、マグナが取り繕うように口を開く。
 しかし、その言葉に、浮き足立っていた一同が急に困ったように眉をひそめた。
 場の雰囲気が一気に重くなる。

「皆さんがどこにいるかとか……やっぱりわからないんですよね……?」

 心配そうに尋ねるアメルに、ははい……と元気の無い返事をする。

「ご……ごめん。私のせいだよね……」
「え、あっ、やだ、そんな、気にしないで下さいっ!
ミニスさんは怪我した私を助けてくれたんですし……!」

 自分がを連れてきたりしたからだと、しゅんと肩を落としてしまったミニスに、あなたのせいじゃないですよとが慌てて首を左右に振った。

「でも……。
そうなると……がイオス達に会うのは、
――次に旅団がアメルを狙って攻めて来た時、に、……なっちゃわない……?」

 皆の顔色を窺うかのように、おそるおそる、といった声音で切り出すトリス。



 その言葉に、五人の間になんとも気まずい沈黙が流れた。