call my name

「……落ち着いたか?」
「……は、い。
……ありがとう、ございます……」

 あの後、ようやく落ち着きを取り戻したを再びベッドへ座らせると、青年は湯気のたつマグカップを差し出してきた。

「飲むといい。温まるし、落ち着くから」

 素直に受け取り、こくん、とひとくち飲み込む。
 ――あたたかいミルク。ほのかに蜂蜜の甘味がする。
 そのままこくん、こくんと飲んでいくを見て、青年はどこか満足そうに微笑んだ。

「……おいしい?」

 うん、と頷く。

「それはよかった」

 また青年が笑う。

 やっぱり血の匂いはするけれど。
 ――怖くない、大丈夫。


 甘いミルクを飲み下すたびに、は不思議と心が落ち着いていくのを感じていた。




「僕の名はイオス。――君は?」
「…………」

 請われるままに自分の名前を口にする。
 だが、が告げた名前に対し、青年は困惑気味に首をかしげた。上手く聞き取れなかったらしい。

「――? 家名があるのか? それともあちらの言葉か……?
ええと、名前は……で良いんだな?」

 青年の問いに、はよくわからないながらもうんと頷く。
 だがここで、ようやく落ち着きを取り戻したの頭が、ふいに何かが変だと警告した。

 目の前の青年は今何と名乗った?


(――イ……オス?)


 ここは、日本だ。
 イオスなんて名前、聞いたことがない。それとも、外国人なのだろうか?
 そう思って改めて……いや、初めて落ち着いて青年の姿を見て……は目をまるくした。

「……な、なに、あなた……その、格好・・・…」

 金の髪……は、まだ、いい。
 問題は、服だ。
 詰襟の黒いコート? に、金色のロザリオ。
 あちこちに見たこともない複雑な刺繍が施されている。

 それはまるで、ファンタジー小説やゲームに出てくる人物の格好のような……。

 いくら外国人でも、今時日常的にこんな格好をする国があるなんて聞いたことがない。
 それとも民族衣装か何かなのだろうか?

 いぶかしげに自分を見つめるの視線に気付いた青年――イオスはああ、と口を開いた。

「僕から見れば君のその服のほうがよっぽど珍しいが……。メイトルパでは、僕のような服を着る者はいないのか? 」
「……めいと……るぱ??」

きょとん、とするに今度はイオスが目をまるくした。

「え……だって君は、メイトルパの者じゃないのか!?」
「メイトルパ……」

 ――そんな言葉は聞いたことがない。
 自分が住んでいる学生寮が、そんな名前に改名されたという憶えもない。

 ふるふる、と首を横に振るに、イオスが慌てて問い掛けた。

「そ、そうか……確かに言われてみればメイトルパの獣人ではないようだし……何かおかしなことになってしまったんだな…。
――じゃあ、シルターンだろう!? あそこには我々と変わらない人間種族も多くいると聞くし……」
「……なんですか、それ……?」

 メイトルパ?
 シルターン?

 目の前の青年は、何を訳のわからないことを言っているのだろう?

「じ……じゃあサプレスか? それともまさかロレイラルなのか!?」
「……あの。
ここ……日本じゃ、ないんですか……?」

 おそるおそる口を開いたの言葉にイオスがきれいな眉を寄せた。

「ニホン? なんだそれは……
ここは、リィンバウムだが……」
「……りいんばうむ??」

 ……そんな国が、あっただろうか……。
 いや、それよりも……!

「ま……待って! 私、学校にいたんです! 東京の……
何なの、ここ、どこなの!?」
「落ち着け! とにかく、ここはリィンバウムだ!
君はリィンバウムを知らないのか!?」
「し、知らない、知らない!」

 再び落ち着きを無くしていくの肩をイオスが掴む。

「じゃあ、君はいったいどこから……!?」
「やだ……なんなの、ここ、どこなの!?
今すぐ帰して、帰して下さい……!」

 ――なんなの。
 ――訳がわからない。
 ――ここは一体、どこなの…!?

 悲痛な声でが訴えかける。しかし、イオスはポロポロと涙をこぼして哀願する少女から目をそらした。
 顔を背けて俯く青年の様子に、ただならぬものを感じ取ったがぎくりと背筋を強張らせた。
 目の前の青年は、今自分の肩を掴んでいるこの青年は、どうしてそんな辛そうな顔をしているのだろう。

「……なに……?
ねえ、どういうことなんですか……!?」

「……れない、んだ……」
「え……?」

「君のいた世界がどこかはわからないが、ここはリィンバウムだ。
……君は、帰れないんだ……」

 そう告げた青年の声は、僅かに震えていて。


 ――りぃんばうむ?

 ――カエレナイ?

 イオスの言葉が少女の頭の中でぐるぐると回る。

 ……カエレナイ?


「いっ、いやぁぁぁぁぁっ!」


 再び、の悲痛な叫びが響く。

 泣き崩れる少女を前に、イオスはただ、きつく己の唇を噛みしめていた。