call my name
 ――この場所……世界の名前は、リィンバウム。
 剣と魔法の世界。

 このリィンバウムには「ロレイラル」「サプレス」「シルターン」「メイトルパ」という4つの異世界から異界人達を喚(よ)び出しその力を借りる魔法……「召喚術」がある。

 しかし、のいた世界については認識がないということ。
 は、戦いの中で召喚術を使おうとしたこの金の髪の青年――イオスによって、何かの間違い……事故で、ここに喚(よ)ばれてしまったのだということ。

 しかし、通常召喚術というものは願った効力が発揮されれば召喚対象は自動的に元いた世界へと還されるものなのだが、事故によってここに現れてしまった自分は帰ることが出来ないということ。


 なんども頬をつねってみたけど、目がさめることはなく……これは、夢ではなかった。
 イオスの口から語られるおとぎ話のような内容をようやく真実なのだと受け止め始めた頃、真夜中だった筈の空にはすでに朝日が昇り始めていた。




「本当に……本当に、すまないことをしたと、思っている……。
僕は召喚師ではないから滅多に術は使わないんだが、あの時はどうしても使わなければならなくて……でも、その結果、君を巻き込んでしまって……」

 イオスの右手に握られているのは、まっぷたつに砕けた緑のサモナイト石。
 ――あの時、レルム村で……逃げようとする聖女を足止めしようと、とっさにこの石を握った。
 しかし目の前に現れたのは、水流を起こす人魚―ローレライ―ではなく、何も知らない「名もなき世界」の少女。
 急いで送還を試みたが、しかし砕けた石の欠片は何の反応も示さず、さらに悪いことには、召喚師に魔力の流れを調べさせたところ、自分とこの少女の間には誓約が交わされていないと……つまり、喚び出したにも関わらず帰してやることが出来ないという最悪の事実が判明したのだった。


 がっくりとうなだれるイオスを、は泣きはらした目でただ黙って見つめていた。


 ――こんなことが、こんな夢物語のようなことが、本当に起こるなんて。


(――そっか、帰れないのか……)


 さんざん泣き喚いた後だからだろうか、間違いなく頭は混乱しているはずなのに、不思議と心は凪いでいた。







「――イオス。娘の様子はどうだ」

ふいに、パサリと布地をめくる音が響く。
もイオスも押し黙ったまま静寂の訪れていたテントを赤い髪の男が訪れた。

「ルヴァイド様」
「……!」

(この人からも、血の匂い……!)

 びくん、と肩を震わせ青ざめるにイオスが慌てて説明した。

「大丈夫だ、。この方はルヴァイド様……僕の上官だ。
……何もしないから、大丈夫……」

 イオスの言葉に、はおそるおそるルヴァイドを見上げる。
 まるで迷子になった子供のように身をすくませているの様子を見やると、ルヴァイドは静かに彼女の前に跪いた。
 これに、とイオス、二人が揃って驚く。

(――ルヴァイド様が、膝をつくなんて……!)

 思いがけない上官の行動に目をみはるイオスをよそに、ルヴァイドは静かにに語りかけた。

「俺はここの指揮官のルヴァイドだ。部下が迷惑をかけたな、すまなかった。
……あんな状況に喚び出しておいて信じられぬかもしれないが……お前に危害を加えるつもりはない。それだけは理解してくれ」

 じっとの瞳から目をそらさずに、まるで小さな子供に言い聞かすように話す目の前の男の様子に、は彼が自分をおびえさせないためにこうして膝を折って目線を合わせてくれたのだということに気が付いた。

「――大丈夫、です……」

 ゆっくり、それだけ口にする。
 ――彼もまた、信じて良い人間なのだと……そう本能が告げている気がした。

 理解した、と返事を伝えるに頷くと、ルヴァイドはイオスの方に向き直った。

「……では、イオス。悪いが状況を説明してくれ」






◆◆◆







「やはり召喚術の暴走か……しかし『名も無き世界』からとは……」
「申し訳ありません……」

 厳しい顔をするルヴァイドにイオスが頭を垂れる。

「……謝る相手が違うだろう、イオス」

 苦い声で告げられはっと顔を上げたイオスは、ぼんやりと二人の話を聞いているを見た。
 イオスと目が合うと、少女は泣き出しそうな、諦めたような顔を向ける。

「……やっぱり、帰れないんです、ね……」

 ――何時間も話を聞かされて、理解したつもりだったけれど。
 あまりにも非現実的な真実に、やはり心が納得しきらない。

「そっか……帰れないんだ……
知らない世界で、ひとりぼっち……」


 ……あの世界で、自分は誰からも必要とされない、いらない人間だった。
 もしかしたら自分を求めてくれるかもしれないと期待してしまった淡い想いすら打ち砕かれてしまった直後、こんな夢みたいな出来事に巻き込まれてしまって。
 それでも。こんなことになってまで、自分は――……。

(――わたし、ここでも)


「ひとりぼっ……ち……」


 つ……と、の黒い瞳から一筋の涙が頬を伝う。






「―――すまない!!」

 次の瞬間、イオスはの前に両手両膝を着いて――いわゆる土下座をして――いた。
 突然の彼の行動に、はもとよりルヴァイドまでも目をまるくした。

「本当にすまない!
いくら謝ってもどうしようもないことはわかっているが……
今すぐは無理だけれど、でも、本国に――デグレアに帰れば高位召喚師もいる。
どれだけ時間がかかるかわからないが、何とか方法を調べて、君が帰れるようにする。約束するから、だから……!」

 ただひたすら頭を下げる青年を、はその黒い瞳でじっと見つめる。

「イオス、それは……」

 ――無理だろう、と言いかけて、ルヴァイドはすんでのところで口を閉ざした。
 それまで黙っていたが動いたからだ。
 彼女は、そのままゆっくりベッドから降りてイオスの横にしゃがみこんだ。


「……頭、上げて」
「……だが僕は、君から全てを奪ってしまったも同然だ……
――僕は…… 」

 爪が食い込むほどに両手を握り締めるイオス。
 困ったようにちいさく首をかしげると、はその手にそっと自分の手を重ねた。

「……
「……も、いいですよ……
わざとじゃ、ないんでしょう? だったら、あなたを恨むことも出来ないし……」

 顔を上げるイオスに、は「ここ」にきて初めて……笑いかけた。

「帰る方法探すって約束してくれるんでしょう?
なら……」





 ――わたしはそれを、信じるから。





 重ねられた小さな手のひら。

 イオスはそれを、強く強く握り返した。




第1夜 END