テントが並ぶ野営地の脇。普段は鍛錬の場として使っている開けた空地に、レイムとが向かい合わせに対峙していた。
それを取り巻くように、イオス、ルヴァイド、ゼルフィルドを始め、旅団員の面々が困惑した表情を浮かべて二人の様子を見守っている。
「テストといっても簡単なことです。私が放つ召喚術に耐えて下さい。
召喚術への耐性はそのまま召喚術の技量……魔力のレベルを表しますからね、耐えられたら、合格ですよ」
相変わらず笑顔を絶やさぬままそう言うレイムに、が緊張した面持ちで頷いた。
ぎゅっと手のひらを握り締めて身体を固くしているに、レイムがまるで緊張をほぐしてやろうとするかのように優しく語りかける。
「大丈夫ですよ、あくまでテストですから。そんなに強い術を使ったりしませんよ」
さんも使える霊属性のものにしますから、耐えられますよ、大丈夫ですと告げられて、は少しほっとしたように肩の力を抜いた。
自分から、お願いします、と言ってこのテストを受けることにしたとはいえ、その身に攻撃系の召喚術を浴びた経験など数回にも満たないにとって、このテストはまさに未知の世界だった。
何が起こるかわからないし、怖くないといったら嘘になる。
――けれど。何としてでも合格しなければ、自分の居場所はなくなってしまうのだ。
もう一度気合を入れなおすかのように深呼吸して。お願いします、と言おうとして顔を上げると、心配そうにこちらを見ているイオスと目が合った。
彼の足元では、こちらもやはり心配でたまらないのだろう、テテが落ち着き無くその体を揺らしている。
……そんな状況ではないのだが、心配してもらっているということがなんだか嬉しくて。
彼等に大丈夫と笑顔で頷いてから、はまっすぐにレイムの瞳を見つめた。
「……大丈夫です。お願いします」
「わかりました。
では行きますよ……構えて下さいね」
レイムが、その長くしなやかな腕をすっと横に伸ばした。
指の先から青白い揺らめきが上がる。
は、詠唱体勢に入るレイムから瞳をそらさぬまま、ぎゅっと唇を引き結んだ。
――まるで歌うかのようなレイムの詠唱が、しんと静まり返った空間に響いた。
「……霊界の骸よ。我が命に応えなさい……」
指先から昇っていた青い陽炎が、ぶわっとレイムの周囲を取り囲み、そのまま闇色へと変わる。
発せられる魔力の大きさに、辺りの空気がピリピリと軋むような音を立てた。
「……ちょっと待て……これは……」
ただならぬ魔力の気配に、ルヴァイドが顔をしかめる。
「おいでなさい――――パラ・ダリオ」
レイムの呼び声に応えるかのように、闇色の陽炎の中から不気味な骸が姿を表した。
無数の仮面を体中に巻きつけた、血色の悪魔。
見覚えのあるその姿に、はっとしたイオスが目を見開いた。
「ま、待て、レイム!その呪文は!!」
――霊界サプレスの召喚術の中でも特に高位に位置付けられているもの。イオス自身、何度か戦場でそれを浴びたことがあったが、その時の痛みは今でも鮮明に思い出せるほど強烈なものだった。
まして、今その術を行使しているのは、とてつもない魔力を秘めているデグレア顧問召喚師。
そして、今それを受けようとしているのは、まだ召喚術を学び始めて間もないか弱き少女。
軍人であるイオスですら耐え難い苦痛をおぼえたあの召喚術。どう考えても入団試験に使うレベルのものではない――命に、関わる。
それを、レイムの手で、あの至近距離から浴びたら――……!
「逃げろ、!!」
突然聞こえたイオスの悲痛な叫び声に、が驚いて目を瞬く。
レイムは、必死の形相のイオスにチラリと視線を走らせると、心底愉しそうに――ニィっとその美しい口の端を上げた。
目が合ったレイムのその表情に、イオスがはっと息をのむ。
わざと、わかっていて、やっているのだ。
この男は、彼女を――……!
イオスから視線を外さぬままに、レイムが最後の言葉を歌い上げた。
「さあ……生贄の山羊に、永劫の獄縛を」
イオスの叫びが、空気を切り裂くかのような爆発音にかき消された。
◆◆◆
最初に感じたのは、ドン、という衝撃だった。
頭上に何か重いものが落ちてきたかのような縦の衝撃。続いて、闇色の瞬きが発する強烈な爆発音と光に、聴覚と視覚が悲鳴をあげた。
……首が痛い。体中の間接が軋んでいる。
しかし、自分はまだ大地に2本足で立っている。おそらくあちこち怪我しているだろうが、それでも、なんとか耐えられたのかな……などと思いながら、は鉛のように重い瞼を開けた。
霞む視界がレイムの姿を捉える。
何か言葉を発しようとして。しかし、は胃からせりあがってくる生暖かい感触に思わず口を押さえた。
――「パラ・ダリオ」。大悪魔の骸を呼び出すこの召喚術は、その骸の吐き出す瘴気により人間の内部……臓腑にダメージを与え、その動きを封じる。……時には永遠に。
ぬるりとした液体が口の中一杯に広がる。息が出来なくて、は背中を折った。
ゴホゴホと咳き込みながら液体を吐き出す。足元に、ボタボタと音を立てて大量の血液が血溜りを作った。
内臓を引きちぎられるような痛みに襲われながらレイムを見る。助けて下さい、と目で訴えるが、目が合ったレイムは……苦しみにのたうつ彼女を見て、ただ、嘲笑(わら)った。
どうして、と叫ぼうとして。けれど息ができない。声が出ない。
震えながら視線をずらすと、何かを叫んでいたかのように口を開けているイオスの顔が見えた。
イオスの姿を映したの瞳から、ポロリと一粒、涙がこぼれて。
がくり、と地面に膝をつく。
もう一度血を吐き出して。は、そのままドサリと倒れこんだ。