「彼女から手を離せ……!」
待っている筈の裏門に少女の姿はなく。一体何処へと焦った矢先、東の空に召喚術の青い光が見えた。
まさかと思い慌てて駆けつけてみれば――この有様だ。
今すぐこの男の首を跳ね飛ばしてしまいたい衝動を必死にこらえて、イオスが再び怒りに声を震わせた。
「離せと言っただろうっ!」
首筋に食い込む槍の矛先に力が込められたのを感じ取ったガレアノが、チッと舌打ちをしてを縛めていた手をほどく。のしかかる重みが消えたことに気付き、は慌ててガレアノの下から逃げ出した。
もつれる足のせいで転びそうになりながらもイオスのもとへと走る。まるで親の姿を見つけた迷い子のように必死で駆けて来る少女をイオスが左手で抱きとめた。
カタカタと身体を震わせる少女の、いつもきちんと合わせている筈の襟元がはだけ、白い肌があらわになっている。
血が滲むほどにギリリと唇を噛むと、イオスは自分のマントをまるでの身体を隠すかのように彼女の肩に羽織らせた。
巻きつけられたマントからはふわりとイオスのにおいがして。感じるぬくもりと香りに気持ちが緩んで、思わずそのままイオスにしがみついて泣き出しそうになっただったが、それをなんとかこらえるとはっとしたように顔を上げた。
「――テテ!」
ガレアノの術により倒れ伏している護衛獣のもとに駆け寄り、しゃがみこんで小さな身体を抱き上げる。何度も名前を呼ぶと、ぐったりしていたテテがうっすらとそのまぶたを開けた。
「テ、テテ……テテえぇっ……!」
ごめんね、ごめんねと繰り返しながらがサモナイト石を握り締める。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、リプシーやらプラーマやら、手持ちの回復を司る召喚獣全てを喚(よ)び出すご主人様を見て、テテはそんなに泣いたりしてしょうがないひとだなあ、とでも言いたげに弱々しく笑った。
とテテの様子を目の端で確かめたイオスが槍を構え直す。何やら億劫そうに前髪をかきあげながら立ち上がったガレアノへと向かい声を張り上げた。
「ガレアノ! どうして貴様がここにいる!?」
しかし、ガレアノは血の玉の浮かぶ首に手を当てながら煩そうに目の前の青年を見やった。
「――何だイオス、その娘……お前の女か」
現れた特務隊隊長に抱きついていった少女。それでは、こいつが例のレイム様のおっしゃっていた召喚獣かと、ガレアノが興味深そうにテテを治療するの方へと視線を移した。よもや、こんな所で会おうとは。
おそらくレイムから話がいっているのだろう――急にを見るガレアノの目が何かを企んでいるかのごとく怪しく輝きだしたのを見て、焦ったイオスが声を荒げた。
「そんなこと貴様には関係ない! それより質問に答えろっ!」
すると、ガレアノはイオスを馬鹿にするかのようにカカカと笑った。
「聖女ひとりさらって来れない無能なお前らではまともに偵察して来れるか疑わしかったのでな。このワシがわざわざ足を運んでやったのさァ」
「砦をこんなにしたのも貴様の仕業かっ!」
砦内部にも、大勢の兵士達が折り重なるようにして倒れていた。しかも、明らかに味方同士で殺し合いをした形跡を残して。
どういうことかと不審に思っていたが、ガレアノがここにいるとなれば全て納得がいく。
憑依召喚術により人を操ったり、屍人にして戦わせる卑劣なやり方はこの男の十八番だ。
怒りのあまりイオスがわなわなと槍を握る手を震わせる。それでも、ガレアノは全く悪びれる様子もなくフンと鼻を鳴らした。
「――ああそうさ。これしきのことで何をそんなにカッカしているんだ」
「きっ……貴様……自分が一体何をしたと思ってる!」
今回のトライドラ戦は、正式に宣戦布告をした上で進められている国同士の戦争である。にも関わらずガレアノが行ったこの行為は、いくら敵国の砦とはいえあまりにも卑怯な手口であり、同時にデグレアの権威そのものをも貶める最低のものだ。
「今回の戦は綿密な計画の下に動いているんだ。こんな……こんな勝手な行動は許されないぞ、ガレアノ!」
軍の動きを乱す行為は当然罪に値する。このことは上に報告させてもらうと息巻くイオスを、ガレアノはただせせら笑った。
「言いたければ言えばよいわ。もっとも、失態続きの旅団員の言葉など元老院がまともに取り上げるとは思えんがな」
「それとこれとは話が別だろうっ!」
とんでもないことをしでかしておきながら、余裕綽々と笑い続けるガレアノに対し、ついにこらえきれなくなったイオスがガレアノの襟首を掴んだ。
「貴様だってデグレアの軍人だろう! 国の戦いを、騎士の戦いを一体何だと思ってっ……」
「――ああ全く、煩い小僧だな!」
それだからお前らは役立たずなんだと吐き捨て、ガレアノが怒鳴るイオスの手を乱暴に振り払った。
「そんな台詞はまともに任務をこなしてから言うんだな。
いいかイオス――そもそもワシは、お前らだけでは心もとないということでレイム様から……つまりは元老院から直々にスルゼン砦に向かうようにと指示されたのだぞ」
「なっ……!?」
てっきりまたこの男が勝手に暴走したのだとばかり思っていたイオスは、予想外のガレアノの言い分に思わず言葉を失った。
(命を受けてきたということか!? 一体どうして……!)
確かにこのところ黒の旅団は失敗続きだが、それにしても、こんな偵察任務ひとつ任せられないほどに自分達は本国に信用されていないのか。
言い返すイオスの声が動揺に震えた。
「し、しかし――しかしそれだってあくまで『偵察』だろう!?勝手に砦を全滅させるなんてことは――……」
越権行為だ、と言おうとしたイオスをガレアノの笑い声が遮った。
「だからお前らは馬鹿なのさァ。言われたことしか……言われたことも出来ない。
たまにはな、言葉の先まで呼んで動いてみたらどうだ、あァ?」
トライドラと戦をする以上、どうせいつかはこのスルゼン砦も攻めることになるのだ。だったらローウェン砦戦の前に潰しておいた方が有利だし――先に攻めようが後に攻めようが変わらないだろうとガレアノは言った。
本戦の前に、そこまで頭のまわらないらしい旅団に代わり、わざわざ邪魔な砦をひとつ片付けてやったのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだと。
(ちっ、畜生っ――……!)
屈辱のあまりイオスが歯軋りをする。
――明らかに自分達を馬鹿にしているこの男の態度も身勝手な行動も、そして元老院が旅団を信用せずこの男を寄越したということも、全てが腹ただしいことこの上なかった。
それでも、命を受けて来たのなら、こんな傍若無人な振る舞いすらも裁かれることはないのだろう。ガレアノを動かしたら、これくらいのことをしでかすのは目に見えているからだ……つまりは、黙認ということになる。
確かに戦争には勝つ必要がある。スルゼン砦を落とすこともいずれは必要だったかもしれない。しかしそれにもやり方というものが有る筈だ。
こんな卑怯な手段で砦を全滅させたことが広まったら、非難されるのはデグレアという国自身なのに。
レイムといい、この男といい、どうして元老院は――……。
上の連中が何を考えているのかわからなくて、思わず眩暈を覚えたイオスは瞳をぎゅっときつく閉じた。
――と、そこへテテの治療を終えたが戻って来た。
ガレアノとイオスの顔とを見比べ、困惑したように眉を寄せる。
さっきは混乱していて気付かなかったが、どうやらイオスは自分を襲ったこの男を知っているらしい。
「……イオスさん? このひと……」
身を縮ませながら問うに、イオスは本当ならその名前を口にするのも嫌だというように顔をしかめながら答えた。
「――こいつはガレアノ……レイムの、部下だ」
「……レイム……さんの……!?」
思いがけない、そして彼女にとっては恐怖以外の何ものでもない顧問召喚師の名前を出され、がぎくりと背筋を強張らせる。
そんな彼女に視線を移して、ガレアノがクッと喉を鳴らした。
(レイム様が、イオスと召喚獣が面白いことになっているとおっしゃっていたが
――そうか、この娘か)
主君が愉しそうに目を細めながら口にした名も無き異世界の少女の話。
イオスの後ろで震えているこの黒髪の娘。名前は確か、そう――……。
「おい娘――といったか」
「気安く名前を呼ぶな!」
いきなりガレアノに名を呼ばれ、まだ襲われた恐怖の抜けきらないがびくっと全身を震わせる。
そんな彼女を、まるでガレアノの視線を遮るかのように背にかばったイオスがガレアノを怒鳴りつけるが、 ガレアノはイオスになど関心が無いとでも言いたげにそれを無視して言葉を続けた。
「お前の主人のせいで痛くてかなわん――治療しろ」
何やら大げさにため息をつき、首の傷を指差す。
それを聞いてイオスが柳眉を吊り上げた。
「そんなもの自分で何とかしろ!」
回復の術ならお前も使えるだろう、なんで彼女が、と憤慨する。
「あいにく今日は治癒の石は持っておらんのでな」
「だったらそのままで帰れ!」
死にはしない、と怒鳴るイオスに対し、ガレアノがすっと瞳を細めた。
しゃべる声が思わせぶりにワントーン低くなる。
「――ほう……。
いいのか? では、特務隊隊長にいきなり斬りつけられたと元老院に報告するぞ」
レイム直属の部下であるガレアノは、正式な立場的には本来イオスより上である。
そうなったら困るのはお前じゃないかと遠まわしに脅され、イオスがぐっと言葉に詰まった。
「そ、それはっ……貴様が彼女をっ……!」
「イ、イオスさん!
もういいです、治療くらい私やりますからっ……」
何やら雲行きの怪しくなってきた二人の会話を慌ててが遮る。自分を助けたせいでイオスの立場が悪くなるようなことだけは避けたかった。
本当は、いくら未遂とはいえ仮にも自分を襲った男になどもう近づきたくも無かったが、それでイオスが困らずに済むのなら治療くらいなんてことは無い。
「…………」
いいのか、と心配そうにこちらを見下ろすイオスにこくりと頷いて見せてから、がゆっくりとガレアノの横に歩を進めた。
何がおかしいのか、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるガレアノに少し顔をしかめつつも、紫のサモナイト石を首筋の傷へと寄せる。
「……リプシー……お願い……」
の声に応え現れた薄桃色の霊精が、きらきらとした光の粒をまく。リプシーが霊界に帰ると、ガレアノの傷は跡形も無く消えていた。
きちんと術がきいたのを確かめたが、ほっと小さく息を吐いた。
「……おわりました……」
もう痛まないと思いますがと言って、がガレアノの表情を窺おうとして顔を上げる。
しかし、目が合ったガレアノは何故か突然ニヤリと不気味にその口の端を上げた。
すっと冷たい光の宿った瞳にぞくりと悪寒を覚えたが反射的に一歩後ずさる。
ガレアノは、おののく少女の肩を掴むと、イオスが止める間もなくの唇に血色の悪い自分のそれを重ねた。
「――っ!?」
ぞっとするほど冷たく乾いたものが唇に触れて。
何が起こったかわからず固まっていたが、はっとしたように目を見開きガレアノを突き飛ばす。同時にイオスが前へと飛び出してきた。
「きっ、貴様あああぁっ!!」
怒りのあまり顔を真っ赤に染めたイオスが、ガレアノへと向かい今度は一切の手加減無く槍を振るう。
刺し殺すつもりで繰り出したその矛先は、しかし手ごたえを伝えることなくただガレアノがいた場所の空を斬った。
即座に槍を構え直したイオスが、召喚術により一瞬にして城壁の上へと移動したガレアノを睨み付ける。 憤怒の形相でこちらを見上げるイオスを眺めながら、ガレアノは肩を震わせて笑った。
なるほど、隊長殿は相当この異世界の少女にご執心らしい。
(レイム様のおっしゃっていた通りか――面白い)
「カカカ……とにかく、目障りな砦のひとつを片付けてやったんだ。
ローウェン砦戦、お前らがどこまで出来るか楽しみにしているぞ!」
甲高い笑い声をあげながらそう言うと、ガレアノは何事かつぶやき印を切って――おそらく帰還の召喚術だろう――その姿を消した。
◆◆◆
「……あの、下衆野郎がッ…………!」
ガレアノが消えた虚空を歯軋りしながら睨みつつ、それでも怒りの収まらないイオスがダンッと力任せに槍を地面へと突き立てる。はらわたが煮えくり返って、気がおかしくなりそうだった。
(――よくも……ッ……!)
一度ならず二度までも、大事な少女に触れたガレアノへも、そしてすぐそばにいながらむざむざとそれを許した己へも腹が立ってどうしようもない。
怒りに任せて手当たりしだい槍を振り回したくなる衝動を、柄をきつく握り締めることでなんとかこらえた。
きつく目を閉じ、肩で数回呼吸をして何とか気持ちを落ち着ける。
内にこもる熱を吐き出すかのようにはあっと大きく息をついた。
血がのぼっていた頭が少しづつ冷えていくのを感じてから、イオスがゆっくりとうつむいていた顔を上げた。
(そうだ、は――……)
地団駄踏んでいる場合ではなかった。あんな男に触れられて、どれほどおぞましかったことだろう。
「……すまない、大丈夫か……?」
しかし、は真っ青な顔をして震えながら口許を両手で覆っている。
「…………?」
どうやらショックのあまり顔を上げることすら出来ないらしい彼女を気遣ったイオスがそっと肩に触れようとする。が、その手を振り払うと、そのままは近くの茂みへと一目散に駆け込んだ。
「お、おい! !?」
何事かと慌ててイオスも後を追う。
「、どうし……」
茂みの先でしゃがみこむ少女に声をかけようとたイオスだったが、彼女がひどく嘔吐しているのに気付いて驚きその場に立ちすくんだ。
「大……丈夫、か……?」
苦しそうに咳き込みながら吐き続けるの背をそっと撫でてやる。何度も吐瀉し胃の内容物がなくなったところで、ようやくの吐き気がおさまった。
目を真っ赤に充血させぜえぜえと息をする彼女を見て、吐くほど嫌だったのかとイオスがいたたまれない気持ちで一杯になる。
手ぬぐいを差し出しながら、護れなくてごめんと少女に謝る。しかし、は受け取った布で口を覆いながら首を左右に振った。
「ち……がうんです……」
ガレアノに触れられた嫌悪感のあまり吐いたのだろうと問うイオスに、はそうではないと言って何度も首を振る。じゃあどうして、とイオスが尋ねると、少女はぶるっと一度大きく身体を震わせた。
「あ……あのひとに、キ……」
キスされた時、と言いかけて、がぎゅっと唇を噛む。あんな男に唇を奪われたことを思い出し、悔しさとおぞましさが彼女の心を打ちのめした。
しかし今は、それ以上に――……。
うつむき、地面につけた左手を爪に土が食い込むほどきつく握り締める。
やっとのことで出した声が、震えた。
「……触れられた……瞬間、頭の中に、砦の……スルゼン砦の人達が殺し合う場面が入り込んできてっ……!」
ガレアノの唇が触れたと同時に目の前に広がった凄惨な映像。
「な……っ!?」
あの男、何かおかしな術を使ったなとイオスが眉根を寄せて唇を噛みしめた。
一体何が面白くてこんな真似をするのだ。こんなことをして、彼女を苦しめて、一体何になる――……!
「み……んな……」
ぽたり、と。先程の雨で未だぬかるむ地面にひとしずくの涙が落ちた。
が、泣いている。
「嫌だって……仲間を殺したくないって、こんなことしたくないって泣いているんです。
いやだって、心の中では必死で叫んでいるのに、身体は勝手に人を突き刺してて……
……いやだって、泣いて、るのに…………」
「―――!」
うわごとのように、見てしまった惨劇を口にするをたまらずイオスが胸に抱き寄せた。
「いやだって、みん……なっ……」
「もういい!」
の言葉を遮って、イオスが震える少女の身体をきつく抱きしめた。
「もういい、もういいから……」
怖い思いを、つらい思いをさせてごめんとイオスが繰り返す。
謝らないでくださいと力なく首を振りながら、けれど、一番安心する腕に包まれている筈なのに、の震えはなかなかおさまらなかった。
(どうして・・・どうしてあのひとは、こんなことを、するの……)
見てしまった惨劇は、悲劇という言葉でも言い表せないほどあまりに悲しすぎるものだった。
たまらず嘔吐したのは、殺し合いの光景に耐えられなかったからではない。そこから噴き出して来た兵士達の負の感情に……悲しみと叫びを受け止めきれなくて彼女の心が悲鳴をあげたからだ。
それほどの悲しみを呼び起こす酷い行為を、けれどあの男は、愉しんで行ったのだ。
あの男――ガレアノは。
(どうして、どうしてっ……)
わからない。理解できる感情ではない。
これが、戦争なのだろうか。これが、戦いなのだろうか。
わからない。
苦しくて悲しくて、眩暈がする。
――闇に引きずり込もうとするかのようなあの高笑いが、ただ、耳に残った。
◆◆◆
雨上がりの湿気を含んだ生ぬるい風が、スルゼン砦の正門前で黙祷を捧げるイオス達四人の頬を撫でていく。
顔を上げたが、髪を結っていた黒いリボンをほどくと、門扉の取っ手にそれを結びつけた。
「こんなものじゃ、喪章の代わりには、ならないかもしれないですけど……」
せめて、と。消え入りそうな声で呟きながら再び両手を組み瞳を閉じて祈りを捧げる。
ほどかれ、風に揺れる少女の黒髪を切なく見つめてから、イオスはもう一度砦に向かい正式な追悼の礼をとった。
「……イオス、さん……」
ふいに名前を呼ばれ、イオスが顔を上げる。
門の前で立ち尽くしたままのが、数歩後ろにいるイオスの姿を振り返ることなくそっと呟いた。
「……これが……デグレアの、戦い方なんですか……?」
――味方同士で殺し合いをさせ、屍人となってまで苦しみを与えるような。
それは違う、と言いかけて。イオスが思わず言葉に詰まった。
もちろん、こんな卑劣なやり方がデグレア軍の戦い方ではない。しかし、レルムといいこのスルゼン砦といい、結果として自分達はいつも彼女に人の道を外れたものばかり見せている。
(――どうして、こうなってしまうんだろうな……)
には――にだけは、卑怯な姿を見せたくないのに。そんなイオスの想いとは裏腹に、デグレアの汚い部分ばかりが自分と彼女を飲み込んでいく。
「――違う……」
やっとの思いでそう口にする。ややあって、が小さく頷いて見せた。
「信じて、ます……」
答える少女の声が、涙に濡れている。
声を押し殺して泣く少女の肩を抱こうとして。けれど、無念の最期を遂げたトライドラ兵を想い涙する彼女が何故かとても神聖なものに見えて、自分にはそんな彼女に触れる資格はない気がして――イオスは、伸ばしかけた手をきつく握り締めた。
信じていますと彼女は言った。
けれど、こんなことを繰り返していたら―― 一体いつまで、彼女は自分を信じ続けてくれるのだろうか。
結わえられた黒いリボン。風に揺れるそれを、今頃になって顔をのぞかせた弱々しい太陽の光がただ儚く照らしていた。
第10夜 END