――崖城都市デグレア。
港町ファナンからトライドラを経て、さらに北へと位置する軍事国家である。聖女捕獲任務を命じられていた黒の旅団も、きたるべきトライドラとの戦に備え久しぶりに祖国の地を踏むことを許されたのだった。
正直受け入れがたいものであったこの任務からしばし解放され、故郷に戻ることの出来た旅団員達の顔は皆一様に明るい。しかし、デグレアに戻るにあたってはひとつの問題を抱えていた。
イオスが召喚してしまった少女――のことである。
上の人間、つまり元老院議会に対してはすでレイムから話が行っているのだろう。しかし問題はそれ以外の人間に対してどう説明するかということである。
デグレア軍の中でも精鋭部隊である黒の旅団とともに戻ってきた少女。皆の注目を浴びることは必至だ。
最初は「たまたま保護した町娘」とでもしておこうかという話になったのだが、それでは何故旅団員達
――特にイオス――と常に、そして今後も行動を共にするのかの説明がつかない。
しかし、そもそも何故の身の上を隠す必要があるのか。それは、召喚術とこの国との複雑な関係に由縁していた。
特務隊隊長イオスが異世界、しかも名も無き世界から召喚してしまった「召喚獣」である。この少々厄介な立場を知られてしまったら、はますます皆の興味をひきつけてしまう。ただ珍しいものに対する好奇心ならまだいいが、このデグレアは召喚獣がそこらを普通に歩いている聖王国とは違い、召喚術がまだ日常に浸透していない。それどころか、何十年か前まで召喚術は外道のものとされ、それを扱う召喚師は異端者として処刑されていたくらいなのだ。
時代の流れにともない、最近は召喚師が取り締まられることもなくなり軍にも所属するようになったが、一般民衆の中にはまだ召喚術を忌み嫌う者もたくさんいる。 そんな輩によって、イオス達の目の届かないところでにおかしな真似をされる可能性もじゅうぶんにあるのだ。機械兵士であるゼルフィルドなどとは違い、生身の、しかも女であるがその正体を明かすのは少々危険すぎた。
どうしたものかと皆で頭を悩ませ――最終的にでた結論がこれである。
ルヴァイドの遠縁にあたる少女ということにしよう、と。
ファナンで暮らしていたが、家族が事故で亡くなってしまい天涯孤独となってしまった。そこへ、偶然任務でファナンに赴いていたルヴァイドと出会い、生活に困っていた彼女を哀れに思ったルヴァイドが少女をひきとることにしたのだと。
ファナンでは召喚術を学んでいたので、召喚師として旅団に所属することとなった。某顧問召喚師殿のお墨付きもある。
これが、「世間一般用」に用意されたの身の上話である。ルヴァイドの縁者という立場も皆の注目を集めることに変わりは無いが、旅団総指揮官として名をはせるルヴァイドの身内によからぬ真似をしようとする勇気のある者などそうそういない。同時に旅団と行動を共にする説明もつくし、ちょうど良いのではないかという運びになったのだった。
また、ルヴァイドの関係者ともなれば、彼への畏怖の感情からある種の「近寄りがたい」雰囲気を持つことになる。あれこれ詮索しようとしてくる人間へのいい虫除けにもなるとルヴァイド達は踏んでいたのだが、この点は成功でもあり、同時に失敗でもあった。
確かに彼女の身の上を気にする好奇心旺盛な者達から何か質問されても、「あまりお喋りが過ぎるとルヴァイド様に叱られてしまうので」とでも言葉を濁せばそれ以上の追求を避けることが出来、とても便利ではあった。そういう意味ではこの身の上話は正解だったが、ルヴァイド達はある人間達の存在を忘れていた――というか、気付いていなかった。
城の女官達である。
どういう訳か、揃いも揃って美形ばかりの特務部隊・黒の旅団。寡黙な美丈夫ルヴァイドを筆頭に、王子様みたいと評されるイオスはもちろんのこと、他の団員達もそれぞれかなりの人気がある。 旅団メンバーは、デグレア城勤務の女官の間ではひそかにファンクラブまであるほどの、いわばアイドルグループ的存在なのだ。
しかし、精鋭部隊として日々忙しく過ごす彼らに近づく機会はあまりない。せいぜい、廊下ですれ違ったとか今日はどこそこの訓練場で稽古をしているらしいとか、そんなことできゃあきゃあ騒ぐのが関の山。あまりにいい男揃いなゆえに、気後れしてしまって話し掛けることもままならない。
そんなところへ、何やら旅団員と親しいらしい同性が現われたとなれば――しかも、最も話し掛けづらいあの総指揮官様の縁者だなんて――こんなオイシイ存在を逃す手は無い。
デグレア城に辿り着き、しばらくはここで暮らすのだから、着るものや部屋のことなど女官達に世話してもらうといいと言われて彼女らに引き渡されただったが、案の定質問攻めに合い――やれ、普段は皆さんどういうかんじなのとか、好きな食べ物はとか、誕生日はいつだとか、お付き合いしてる女性はいるのかとか――最初は当り障り無く答えていたものの、あまりの勢いに耐え切れなくなり、とうとう適当に言い訳をつけ逃げ出して来てしまったのだった。
久しぶりに同年代の女の子と話せるのは嬉しいけれど、ああ根掘り葉掘り聞かれてはさすがに辟易とするし、様、などという仰々しい呼び方も(ルヴァイドの縁者、という設定上こうなってしまうらしい)正直、困る。イオス達に助けを求めたいところだが(旅団員の前では彼女らはとてもしおらしい)、あいにく現在皆会議中だ。
とりあえず、 しばらくどこかに身を隠したいのだが、どうしたものか……。
参ったなあ、とが頭を抱えていると、女官達の動きを「偵察」に行っていたテテが茂みの影からひょっこり顔を突き出した。
眉間に皺をよせるご主人様と目が合うなりちょいちょいと手招きをし、後ろに広がるよく手入れされた白樺の林の奥に視線を移す。
「あっちなら……隠れられそう?」
ひそひそ声でそう問うにこくりと頷く護衛獣。
あまり歩き回って迷子になっては困るなあ、と一瞬躊躇しただったが、よく見れば林はうっそうと茂ったものではなく、揺れる木漏れ日をよく計算して配置されたらしい人工のそれで、雰囲気も明るく道を失うこともなさそうだ。
他に隠れられそうな場所も無いし、人気の無いところでちょっと落ち着いて休みたい。
よし、とばかりに唇を引き結ぶと、はテテの後を追って木々の合間へと駆け込んだ。
◆◆◆
「やっぱり、イオスさん達、人気あるんだねえ……」
女官達の声もようやく聞こえなくなり、せっかくだからお散歩しようか、とテテとふたり林の中を歩いていたの口からこんなひとりごとが漏れた。
ルヴァイド様の縁者だと言っておけばいい厄除けになるし、どうせ元老院の人間には会うことも無いだろうから安心しなさい、大丈夫だよとイオスに言われていたのだが、さすがの彼らもよもや自分達のことでが質問攻めに遭うはめになるとは夢にも思わなかったらしい。まあ、女の子だし、あれだけの美形揃いなのだから騒ぐ気持ちがわからないでもなかったが、あそこまで問い詰められてはちょっと耐えられない。
それに――……。
「誕生日や女の人の話なんて……私だって知らないんだから」
ここ二ヶ月ほど寝食を共にしてきたとはいえ、実際のところプライベートに関るような話はほとんどしていないのだ。そんなこと気にもしていなかったのだが、彼女らに問われて自分がそれを知らないということには初めて気付かされたのだった。
あれほどそばにいたのに、打ち解けたつもりだったのに、実は彼らのことを――イオスのことをまだなんにも知らないという事実に、の心はなぜかざわついていた。
まるで靴の中に砂が入ったときのような、ざらざらと落ち着かない――嫌な気持ち。
「知らないんだから……何よ、もうっ……!」
無邪気に聞いてくる女官達の顔を思い出したらどうしようもなくむかむかして、は足元の小石をえいっと蹴り飛ばした。
それを見て、ご主人様が石蹴りで遊び始めたのだと勘違いしたテテが、嬉しそうに転がる石を追いかける。
「遊んでるんじゃないんだってばあ、テテぇ……」
情けない声が出た。
「もう……」
はあっと疲れたようにため息をついたは、何気なく今歩いてきた道を振り返ってみた。
木立ちの向こうに見えるのはデグレア城。ゼラムで見た王宮はまさに白亜の宮殿といった出で立ちの華やかなつくりだったが、こちらは華美な装飾などは殆ど無い、石造りの重厚な、少し物々しい雰囲気の漂う城である。
どちらにしろ、日本で生まれ育ったにとっては珍しいことに変わりは無い。世界史の教科書にでも出てきそうなそれは、に改めて自分が今日本にいないということに――異世界にいるのだということを強く思い起こさせるものだった。
あの城も、すぐそばで石蹴りに夢中になっているメイトルパの獣も……元の世界では決して見る筈の無い存在である。
(――遠くに、来ちゃったんだなあ……)
リィンバウムに喚ばれて、もうすぐ二ヶ月になる。
そういえば、召喚される前――教室に置いてきたままのカバンの中には、提出期限の迫った進路希望調査の紙があった筈だ。向こうの時間とこちらの時間が同じ流れなのかはわからないが、おそらくもう締め切りを過ぎてしまっただろう。出さなくても大丈夫なのだろうか、あれは。
いやそれよりも、カバンも置きっぱなしのままで突然いなくなったりしたから、今頃騒ぎになっているのかもしれない。 誘拐だとか、神隠しだとか。女子高生が行方不明だなんて、それこそワイドショーが喜びそうな話題だ。
当然、両親も学校に呼ばれただろう。寮にもいない、家にも帰っていない。一体何処へ、と。親御さんは何か聞いていませんか、と。
――親。
もう一年以上会っていない両親。その顔すら満足に思い出せなくて、は唇をきつく噛んだ。
寮に放り込んだきりろくに連絡も取っていなかった娘がある日突然いなくなったと知ったら、あのひとたちはどんな顔をするのだろう。には想像もつかなかった。
一般的な親のように、心配してくれるのだろうか。捜してくれるのだろうか。
それとも、どうせ勉強が嫌になって逃げ出したのだろう、あの出来そこないが、と言って――また、蔑むのだろうか。
……あの時のように。また……。
(――ああもう、やめやめ! 考えたってしょうがないじゃない)
これ以上考えたら変に落ち込みそうで、は元の世界のことを思考から追い払おうとするかのように頭を左右に振った。
今、自分がいるのはリィンバウムなのだ。今日明日に帰るわけではないのだから、元の世界のことなんて、そう、どうでもいい――……。
「――テーテっ。ね、一緒に遊ぼ!」
沈みかけた気持ちを浮き上がらせるべく、わざと明るい声を出して護衛獣を呼ぶ。夢中で石を転がしていたテテは、大好きなご主人様に遊んでもらえるのが嬉しいのかニカっと歯を見せて笑いながらの足に抱きついた。
足元にじゃれる小さなぬくもり。それは、あの世界では感じることの無かった温かさだ。
人のつめたさばかり感じていた元の世界よりも。今いるこの場所の方が、ずっとずっと、あたたかくて。
――大事だった。
◆◆◆
「……テテー。ごめんね、見つかった?」
小石を交互に蹴りあいながら木立ちの中を進んでいたとテテだったが、途中が加減を間違って石を遠くに蹴り飛ばしてしまった。茂みの中に埋もれて見えなくなったそれを律儀に追いかけ茂みに飛び込んでしまったテテに、少女は申し訳なさそうに謝る。
「テテー?」
大丈夫かなと小首をかしげてもう一度護衛獣の名前を呼ぶ。すると、がさがさと草を掻き分けてテテが戻ってきた。
その手には、捜していたはずの石の代わりに何故か白い花が2輪握られている。
息を切らせて走って来ると、テテはご主人様に向かってその花を差し出した。
――緑豊かなメイトルパを思い出すのだろうか、テテはとりわけ花に目がない。道端に咲く可愛らしい花を見つけてきては、こうしてよくにプレゼントしている。
も、護衛獣からの小さな贈り物を喜んで受け取り、その花びらを乾かしてはポプリを作るのが最近のちょっとした趣味になっているのだった。
「わぁ、きれい。ありがとう!」
しゃがみこんでテテの頭を撫でてから花を受け取り、そっと鼻を近づけてみる。ポピーによく似たその花からは、甘く良い香りがした。白い花びらは、下の方がほんのり薄紫に色づいていて、清楚でとても美しい。
ちょっと考えてから、は花のうち一本をテテの帽子の間にちょこんと挟んでみた。
「あはは、テテ、似合う似合う」
笑うとは対照的に、花を飾られたテテは一瞬きょとんとした表情をする。
――これでも自分は「男の子」だから、贈るのは良くても飾られるのは微妙なのだが……無邪気に喜ぶご主人様の顔を見て、テテはまあいいかとでも言うように目を細めて笑った。
「でもテテ、このお花どこに咲いてたの?」
すると、テテはこっちこっちと手招きをして走り出す。その後を追って茂みの中を進んでみると、少しひらけた場所にちいさな花壇があり、同じ白い花が一面に咲いていた。
きれいでしょ、いいとこみつけたでしょ? とテテが胸を張るのだが、しかしは一瞬にしてひいっと青ざめた。
「テ、テテっ!?
だめだよここ、誰かの花壇だよっ……!」
直径三メートルほどの円形の、周囲を煉瓦で囲った花壇。こじんまりとしてはいるが、よく手入れされているのが見て取れた。
きっと、誰かが大事に育てている花なのだろう。勝手に取ってしまってどうしよう、とが血相を変えて慌てる。
「ど、どうしよう……あ、あやまらなきゃ……!」
花壇の片隅、二本だけぽっきり折られさらされている花の茎。花壇の持ち主が見たらさぞかしがっかりすることだろう。
もちろん、何も知らないテテに罪は無い――今も、ご主人様は何を慌てているのだろうと不思議そうに首をかしげている。彼らにとって花は「自然のもの」であり「みんなのもの」なのだ。個人の所有物という感覚はわからない――のだが、大事にしているであろう花を手折ってしまった以上、やはりひとことあやまらなくては。
けれど、所有を示す看板も何もないこの花壇では、誰にあやまったら良いのかもわからない。
「ど……どうしよう……か……」
たとえば。今すぐここから逃げ出してしまえば、きっと、誰が手折ったのかもわからないのだろう。
――でも――……。
「……でも……あやまらなきゃ……」
途方に暮れた声で、しかしはっきりとした意思を込めて、が呟いた。
この小さな花壇。白い花と、そして何故か片隅に一輪だけ咲いているマゼンタ色の花。こんな林の奥にひっそりと造られた、なんとも不思議な花壇だ。
おそらく――こんな人気の無い場所にあるということは、何か特別な事情や想いがこめられている花壇なのだろう。
持ち主にとっては、きっととても、とても大切なもの。風に揺れる花を見ているとその想いが伝わってくる気がして、はとても黙ってこの場から立ち去る気にはなれなかった。
「誰が……育ててるのかなあ……」
花壇の脇にしゃがみこんで、そっと花弁を指で撫でてみる。
儚げな、けれど空に向かってまっすぐに咲く、凛とした美しい花。
この花を大切に慈しんでいるのは、一体どんな人物なのだろうか。
「――おや。
可愛らしいお客さんがいらっしゃる」
不意に、がさり、と落ち葉を踏みしめる足音がして。
後ろから聞こえた声に、ぼうっと花に見入っていたははっと顔を上げた。
弾かれたように立ち上がり、声のした方を振り返る。そこには、布袋を手に下げた初老の男がひとり、穏やかな笑顔を浮かべて佇んでいた。
花を見つめ、ひとり物思いに耽っていたは男が近づいてくる気配にまったく気付かなかったため、突然現われたこの男の顔をまるで鳩が豆鉄砲をくらったような間抜けな表情をして凝視してしまったのだが、一瞬のちにあっと小さく声を漏らした。
「あ、あのっ……! この花壇、あなたの……ですか……?」
普段、ほとんど人が通らないらしい林の奥。ここまで来るということは、おそらくこの老人こそが花壇の持ち主なのだろう。花を手折ってしまったことをあやまらなくては。
は、花を持った手を男に示すように前に突き出すと、そのまま勢いよく頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい! お花、勝手にとってしまって……!」
本当にごめんなさい、と謝罪の言葉を繰り返す。すると、くすりと笑う声がして、差し出したの右手が温かいもので包まれた。
え? とが顔を上げる。変わらず笑顔を浮かべたその男は、の右手をまるで孫でもあやすかのようにぽんぽんと優しく叩いた。
皺のふかい、おおきな手。突然触れられても、不思議と嫌ではなかった。
驚いたが、ぱちぱちとせわしなく瞬きをしながら老人の瞳を見る。
握られたこの手は、どんな意味を持つのだろう? 許してくれるということなのだろうか。
「あ……あの……?」
戸惑った声を出すと、男はこれは失礼しましたと言っての手を離した。
「すみませんねぇ。今しがたあなたのお話を聞いたばかりだったもので、つい」
噂どおりの可愛らしい方だと言って、男はにっこりする。反対に、の頭はますます混乱した。
(わたしの……話?)
「お嬢さん――さんというお名前でしょう?」
「は、はい……そうですが……でも、どうして……?」
何やら自分を知っているらしい男のそぶりに、はただただ不思議そうに首をかしげる。
自分はここ――デグレアにほんの半日前に来たばかりだし、この男に面識は無い、筈なのだが。それとも、「ルヴァイドの縁者」という自分の噂はもうそこまで広まっているのだろうか。
何がどうなっているのだろうと困惑する少女を、男は瞳を細めて優しく見やる。質問には答えないまま、花壇のそばへと歩み寄った。
手にした布袋から親指の爪ほどの茶色い塊をいくつか取り出し、に握らせる。
「これ、肥料なんですがね。よければ蒔くのを手伝ってもらえませんかな」
「は……はあ……」
いかにも好々爺といった風の笑顔で頼まれ、よくわからないながらもは首を縦に振る。男の後について、手渡された肥料を花壇の上へと落とした。
男は、ただにこにこと手を動かしながら花壇の周りをゆっくりと歩いている。とりあえずもその動きに従うのだが、なんともおかしな状況に少し困ったように眉をひそめた。
花のことを怒らないの、とか、どうして名前を知っているの、とか。聞きたいことは山のようにあるのに、とにかくびっくりしてしまって、上手く言葉をまとめられない……。
「――あなたが、手折ったのならね。
この花園の本当の持ち主も、きっと笑って許してくれるでしょう」
肥料を蒔きつつ、花の様子を確かめていた男がそう口にする。唐突に発せられた思いがけない言葉に、の歩みが止まった。
(――本当の、持ち主?)
「えっ……。
ま、待って下さい! この花壇……花園、あなたのものではないんですか……!?」
てっきり、ここはこの老人のものだとばかり思っていたのに。驚きのあまり黒い瞳をいっぱいに見開いて尋ねてくる少女に、男は自分は頼まれて世話をしているだけなのだと言う。どういうことなのだろうと戸惑うに、続けて告げられた言葉は、さらに彼女を驚かせるものだった。
「――この花達はね。
あなたもよく知っている……特務隊隊長のイオス殿が、育てているものなのですよ」
「――え……っ……?」
思いがけない場所で聞いた、思いがけない名前。
驚くと微笑む老人との間を、白い花びらが一枚、風に乗って通り過ぎた。