call my name
 ――帝国?

 ――殺された?

 ――黒騎士、「ルヴァイド」?


 初めて耳にする知らない国の名前。イオスがルヴァイドの名を呼び捨てにしたこと。
 あまりに驚いて、驚いて。小さく口をあけたまま瞬きすることも忘れてイオスの顔を凝視する。
 大きな黒い目をこぼれ落ちそうなくらいいっぱいに見開く少女の姿に、イオスが苦笑した。

(まあ、驚くのも……無理ない、か)

「そんな顔、するな」
「だ、だって……!」

 驚くな、と言う方が無理だ。だって知らない。何も知らない。
 言葉がみつからず、ただ口をぱくぱくとさせるの髪を、イオスがくしゃくしゃっとなでた。

「そんなに、意外かな?」

 びっくりした? と訊くイオスにがこくこくと何度も首を縦に振る。

「だって……だってイオスさん、そんなこと一度も……」
「――うん、話してなかったね」
「そ、それに、それにっ……」

 驚きと混乱のあまり、の表情が泣き出しそうにゆがんだ。


「ルヴァイドさまに、殺されたって……
どういう、こと、なんですかっ……!?」


 イオスが、同朋を弔うために植えたというこの白い花。
 彼がやすらかな眠りを願う魂の持ち主を、あのルヴァイドが殺したというのだろうか。

 一体、何が、どうなって……。



「――そういう過去があるようには……見えない? 僕と、ルヴァイド様は」

 イオスの問いに、は声もなく頷いた。

 ……とても。イオスとルヴァイドは、とてもそんな関係には見えない。想像も出来ない。
 が知っているのは、ただただ上官を心の底から尊敬して崇拝して、彼のためにと任務をこなすイオスの姿だ。ルヴァイドも同様に、イオスを誰より信頼しているということがよくわかる。言葉にされなくたって、そばで見ているだけでじゅうぶんに伝わってくる。

 ああいう上下関係を、ははじめて見たから。すごいなあと……ちょっと感動して。
 そして、 ちょっとうらやましかったくらい、なのに。


 ――なのに。それなのに。イオスの朋を、ルヴァイドが殺しただなんて。そんな……。



「そうか……。
見えない、か」

 少女の答えに、イオスは少しだけ辛そうな表情を浮かべて瞳を伏せた。
 他人には、自分とルヴァイドはそのように映るのだと。そこまで自分があの人に心酔してしまっているということが……普段は何も感じないのに、この場所にくるとたまらなく苦しくて、恥ずかしくて、――どこか、申し訳なかった。



「ここから、ずっと西方にある国……帝国が、僕の祖国なんだ」

 久しぶりに口にする故郷の名前。懐かしい四つの音をかみしめるように、イオスが言葉を切った。

「――五年前だよ。
軍学校の卒業試験で、初めて実戦に赴くことになって。
もっとも、実戦経験ゼロの僕達は、本来敵との衝突が予想されない場所に配属される筈だったんだが……」


 でも、あいにく運が悪くてねと。イオスはやれやれといった風に肩をすくめてみせた。








◆◆◆







 ――今考えても。本当にあれは、運が無かったと思う。

 配属された帝国軍西方部隊・第五小隊。課せられた任務兼卒業試験は、国境付近の森の偵察だった。
当時はその付近での戦いは滅多に無く、比較的落ち着いた状態だったのに。
 イオス達は、国境線の獣道で、隠密に忍び込んでいたらしきデグレアの一小隊と出会ってしまったのだ。

 デグレアといえば、中央エルバレスタ地方に位置する軍事国家である。帝国は、もともとはデグレアを中心とした旧王国に反旗を翻した者達が南方に逃れて興した新興国家だ。大元の祖国であるゆえに、デグレア軍の強豪さは周知の事実であり、油断ならない存在だと軍学校でも幾度となく教え込まれてきた。
 たとえ少数であっても、その強さは計り知れない。たいした装備も作戦も備えていない偵察部隊である自分達だけで相手にするのは危険すぎると、同行していたイオス達数名の軍学校生徒は主張したのだが。

 その時小隊を率いていたのは、まだ経験の浅い、年若き少佐だった。若さゆえのおごりと、出世に対する焦りを持っていたその男は、無謀にもデグレア軍に対し攻撃をしかけたのだ。 彼らがわずか十名ほどの小部隊だったことも(イオス達はその倍の人数だった)油断に拍車をかけたのかもしれない。


「でも、そのデグレア軍は腕の立つ騎士ばかりでね。半数しかいない敵相手に、僕達はみるみるうちに倒されていった」


 そして。その中に、恐ろしいほどの剣の使い手がいたのだ。
 当時、国境警備隊隊長だった――黒騎士、ルヴァイドが。


「僕達の半分は、あの人にやられたんじゃないかな」

 そう言ってイオスは笑う。自分達だって決して弱いつもりはなかったが……それでも、持っている技量が違いすぎた。そしておそらく、戦うということに関する覚悟も。
 手柄に目のくらんだ愚かな兵士や、実戦を知らない学生ごときが敵う相手ではなかったのだ。


「突っ込んでいった隊長なんて一番始めに死んで。背中あわせで戦っていた友人も崩れ落ちて。
――最後に残ったのは、僕だった」


 動かない友の身体から流れる血の海に倒れた時、イオスもすでに虫の息だった。
 見上げた先、かすむ視界の向こうに見えるのは突きつけられた大剣と、赤い髪の騎士。
 イオスの上腕部につけられた腕章を見て、その男はわずかに眉をひそめた。
 深緑に一本の白いラインが入った腕章は軍学校の生徒であることを意味する。それを知っていたらしき男の口から、学生か、と小さな呟きが漏れた。
 嘆息するように呟かれたそれは、しかしイオスの耳には嘲りに聞こえた。
 学生だから。経験がないから。だからこんなにも弱いのか、と。

 ――当時、イオスは軍学校の首席に位置していた。特に武術面、槍においては生半可な教官など打ち負かしてしまうほどの腕前で、卒業後は最高の精鋭部隊である親衛隊への配属が決まっていた。
  自分を弱い、と感じたことはなかった。今まで、一度も。


 そんな彼にとって、これは初めての敗北だったのだ。


 まるで赤子の手をひねるかのように自分を沈めたこの男。こんな形で己の弱さを思い知らされて、このまま死んでいくのかと思うと、情けなくて、悔しくて。
 ぎゅっと唇を引き結んだイオスの瞳から、一筋の涙が滴り落ちた。

 自分を睨みつけながら涙を流す少年に、驚いた赤い髪の騎士に一瞬わずかな隙が生まれる。
 イオスは、それを見逃さなかった。


『――っああああああああっ!!』


 プライドという名の最後の力を振り絞って飛び起き、叫び声をあげながら騎士に斬りかかる。



 けれど。槍の矛先を突き出したところで、後頭部に激痛が走り、イオスの記憶はそこで途絶えた。






「目が覚めたら、牢屋の中だったよ」

 苔むした地下牢。何のつもりだと問うイオスに、赤い髪の騎士は言った。あの時、自分とお前は一対一で対峙していた。なのに部下がお前に背後から斬りつけたから、騎士としての礼に欠けた。だから捕虜という形で助けたと。

 状況も忘れてしばらく呆けたようにぽかんと口を開けたイオスは――次の瞬間、ふざけるなと激昂した。


「馬鹿にされているんだと、思ったよ。
――最大の、屈辱だった」


 自分がまだ学生だったから。弱い子供を哀れんだのだと、そう思って。
 見損なうなと。今すぐ殺せと叫んだイオスに騎士は言った。

『……そうか、お前は弱いのだな。死を望むほどに』

 死を望むのは逃げているのと同じだ、弱いから死という安楽に逃げるのだと騎士はきっぱりと言い放った。
  本当に強かったら、生き残って、復讐の機会を待つのではないかと。

 言葉を失い、ただ愕然とするイオスに、男はさらにこう続けた。

 帝国に、学生をひとり、捕虜として預かっている旨を伝えたが返答は無かった、と。
 それを聞いて、イオスは石の床を見つめ、ぎゅっと唇をかみしめた。
 これといって後ろ盾の無い一学生。祖国は、危険な取引をしてまでそんな少年を保護しようとは思わないだろう。おそらく自分は、すでに戦死扱いとなっているのだ。


 帰る場所は、もう、どこにもない――……。




『――悔しいか』


 頭上から、騎士の言葉が降り注いだ。

『祖国に見捨てられて、悔しいか』
『黙れ――だまれえっ!』

 かっと頭に血が登ったイオスが鉄格子に飛びつく。限界まで引っ張られた手枷が、がしゃんと重い音を立てた。
 死んでたまるかと思った。祖国からも、この男からも、こんな屈辱を受けて。
 自分にも、軍人のはしくれとしてのプライドがある。こんなところで、このまま死ぬわけにはいかない。死ねない……!

 少年の瞳に強い光が宿ったのを見て、騎士はフッと笑った。

『ならば、生きろ。生きて、俺に仕えてみろ。
お前はいい腕をしている……殺すには、惜しい』

 唐突な言葉にイオスが唖然とする。この男、頭がおかしいんじゃないかとその顔を真正面から捉えるが、騎士の顔は真剣だった。そのまましばらくイオスと瞳を合わせていた騎士の深茶の目が、ふいに挑発的な色を宿す。


『――そばにいれば、復讐もし易いだろう。俺に隙あらば、いつでもお前の槍で貫いて構わない。
もっとも…… 』


 出来るものならな、と。


『――ッ!』


 イオスの心に、一気に怒りの感情が湧きあがった。そして、それは生への執着心と変わる。



 生きる。生きてやる。

 生きて、生き抜いて。この男に――……。



『その言葉、忘れるな……!』



 このままでは終わらせないと。血が滲むほどにきつくきつく、鉄格子を握り締めたあの十五の日を、イオスは昨日のことのように覚えている。睨みあげたルヴァイドの顔も、身体中を走る痛みも、つめたい地下牢のしめった匂いも。なにもかも。すべて。








◆◆◆







「あれからしばらくは、昼夜問わずあの人に斬りかかっていったよ。馬鹿みたいに毎日ね」

 がむしゃらにルヴァイドの背中を追いかけた当時を思い出し、イオスがくすくすと笑う。とてもじゃないがそんなふたりを想像できなくて、は一瞬遠くなりかけた気をやっとの思いで引き戻さねばならなかった。

「まあ、当然かなうわけなくてさ。毎回毎回いいようにあしらわれて……このままじゃ駄目だって、まずは強くなるのが先だと思った」

 ルヴァイドの言葉に従い、デグレア軍の一員として槍を振るうようになった。余所者であるイオスに周囲の風はつめたかったが、その辺は実力でねじ伏せた。そんなことを繰り返すうちに、槍の腕もあがっていった。

 そして……と。ここで、イオスは小さくため息をつき、空を仰いだ。

「……そばにいるうちに、ルヴァイド様という人物を知ってしまった。
僕を助けたあの理由も、本心だったのだと……あの人は本当に、馬鹿みたいに、根っから騎士なんだと、思い知らされてしまってね」

 あの日、ルヴァイドは子供だった自分に同情して、気まぐれに助けたのだと思っていた。けれどそうではなく、彼が本当に自分をひとりの騎士として見て、命を与えたのだと。
 まるで御伽噺の中に出てくるような騎士道精神。今時ありえないようなその心をルヴァイドは持っているのだということに気がついてしまって。その瞬間から、自らあの人へと仕えるようになっていた。


 ――ひとりの、軍人として。その姿に惹かれてしまったのだ。


 そのうち、ルヴァイドが新設された精鋭部隊・黒の旅団の総司令官となり、隊長に自分が抜擢された。二年前のことだ。

「あの人に、騎士としてのあるべき姿を見てしまったから。そうしたら、いつのまにか、僕もデグレアの騎士になりきってしまった」

 そばにいたからこそ、今の自分の力ではルヴァイドに敵わないことがわかった。だから、最初の頃のようにがむしゃらに槍を振り回すようなことはなくなった。
 ――けれど。矛先をあの人に向けなくなった理由はそれよりも、自分があの人に……復讐を誓ったはずのあの男に、今では忠誠を誓っているからで――……。




「……イオスさんは」

 長いながいイオスの独白。ずっと黙って聞いていたが、ここでようやく口を開いた。

「イオスさんは、後悔しているんですか?
……デグレアの騎士に、なってしまったことを」

 すると、イオスは静かにかぶりを振った。

「……わからない」

 改めて聞かれても、本当にわからなかった。

「別に、故郷に未練があるわけじゃないんだ。
――僕は幼い頃に流行り病で両親を亡くして……待っている家族もいないし。
帝国では戦死扱いになっているだろうから、どのみち戻りようもないしね」

 ルヴァイドに忠誠を誓うこと。故郷に対して申し訳ない、とは微塵も思わない。


「でも……」


 ふう、と一度重く息を吐いて。イオスが花園の方を向いた。
 風に揺れる白い花。祖国への未練はない自分がこの花を植えた理由。

 それは。




「友達、だったんだ」




 ――それは、前触れもなく飛び出したあまりに唐突な言葉だったのだけれど。
 疑問を抱くより先に、ぽつり、呟かれたその声の悲痛さがの胸を打った。

「僕はこんな性格で……敵を作りやすかったからね、軍学校でもずっと、親しい友人なんていなかったんだ。
でも、卒業間近になって……いろいろあって、はじめて、笑いあえる友達が出来てさ」

 家族を亡くし、世話になった親戚の家での厄介者扱いに耐え切れず、軍学校に入った。学校を卒業し軍人になることは、帝国におけるエリートを意味していたからだ。誰の力も借りず、ひとりで生きていけるようになりたかった。
 けれど、その軍学校も内部には家柄によるつまらない上下関係が渦巻いていて。容姿、成績、そして上流階級出身の生徒たちにも頭を下げない気位の高さで目立っていたイオスは、常に孤立していた。

 けれど、若者同士にはよくあるような……何気ない、ひょんな出来事から、友人と呼べる存在が出来て。 同世代の人間と笑いあうことがこんなに楽しいのだということをイオスは初めて知ったのだ。

 はじめての。大事な、友、だった。


「そいつらと……同じ配属で。
でも、みんな、死んだ」

 イオスの脳裏に、懐かしい笑い顔が浮かんでは消えた。

「軍人を志していたんだから、いずれ、誰かが死ぬなんてことはわかっていたんだ。
でも……僕ひとりだけ、こうして生き残って。しかも、あいつらを殺したルヴァイド様に仕えるようになってしまって。

――こんな僕を、あいつらは、許してくれるのかな、って、さ……」


 骸を弔うことも出来なかった。そして、今、復讐の手を止めているこの自分。
 その後ろめたさから、せめてもの罪滅ぼしにとこうして花を植えてみたりしたけれど。わずか十五歳で命を断たれたあの友人達のことを思うと、イオスはどうしようもない罪の意識にさいなまれるのだ。


 一体自分は、何をやっているのだろうと……。




 心中を吐露し、しばらく沈黙を通していたイオスは、ふいに聞こえた衣擦れの音に顔をあげる。
 見れば、いつのまにか横に来ていたが、地面に膝をついていた。
 胸の前で両手を組み、瞳を伏せる彼女に驚いたイオスが目を見開いた。

「お……い。
、馬鹿、膝汚れるだろう……!」

  そんなことしなくていいからと慌てるイオスに、目を閉じたまま首を振ると、はただ黙って花園へと頭(こうべ)を垂れた。

「…………」

 何も言わず、静かに祈りを捧げる少女の横顔に、イオスの口からため息まじりの声が漏れる。
しばらくして、ようやく顔をあげたは、白い花弁をまっすぐ見つめながら静かに語りだした。

「亡くなってしまった人達は……きっと、とても、悔しかったと思います。
でも……でもね。イオスさんのこと、怒ったりは、してないですよ」

「……え……?」

 唐突な少女の言葉にイオスが戸惑う。

「だって、ね。
イオスさんはこうやって、亡くなった人のことを想って、弔いのお花を捧げている。
亡くなった人にとっていちばん悲しいのは、きっと、自分のことを忘れられてしまうことです。
でもイオスさんは、彼らのことを忘れることなく胸に刻んでいるでしょう?

だから、みんなきっと、しょうがないなって笑って……ゆるしてくれますよ」


 それにね、と。がイオスの瞳を見つめた。


 ――許さない筈がない、と思う。
 だって――……。



「おともだち、だったんでしょう?」


 ――友。
 イオスが彼らを想うのと同じように、彼らもイオスを想っていただろう。だったら、生き残った友が新たな人生を歩み始めたとしてもきっと、憎んだりしない。頑張れと、笑ってくれるはずだ。
 イオスの祈りは絶対、彼らに届いている。

 イオスがこれほどまでに、想いを捧げているのだから。絶対に、ぜったいに――……。



「――ッ……!」

 ふわりと、包み込むような優しい笑顔。暖かなそれとともに告げられた言葉に思わず泣きそうになって、慌ててイオスは口許を押さえ、少女から視線をそらした。


 ……どうして。どうして彼女は。わかるのだろう……自分が欲しかった、言葉が。


 慌しい日常からわずかに離れたこの静かな森の奥。花園の前に来るたびに、深い氷の棘がずっとイオスの胸を刺し続けていた。
 後悔はないと自分に言い聞かせていても、本当にそうなのかと。
 どんな言い訳を並べても、結局はお前は自分の命惜しさのあまり、敵将に心まで売ってしまったただの裏切り者ではないのかと。
 ここで花の穢れなき白さを目にするたび、木漏れ日の影からそんな声が聞こえる気がしていたのだ。

 けれど。胸を苦しめてやまなかったそんな罪悪感が、今この瞬間、するりと……溶かされている。締め付けられていた心がほころんでいく。これは一体どうしたことだろう。

 あれほど、切なく苦しかったのに。それが、彼女のたったひとことで。こんなにも簡単に――どうして。


(……そうか……)

 その理由が、わかって。イオスは自嘲気味に、口許だけでそっと微笑った。

 ……ずっと。ずっと自分は、誰かにこう言って欲しかったのだ。大丈夫と、言って欲しかったのだ。

 そのことに、イオスはこの時ようやく、気がついた。




 許しが、欲しかったのだ。



「あ……あの。イオスさん?」

 黙ってしまったイオスに、がおろおろと声をかける。
 また生意気を言ってしまっただろうかと後悔しかけていた彼女は、ふいに向けられたイオスの笑顔に思わず息をのんだ。

 それは、目が離せなくなるような、鮮やかな笑顔。
 さっきまでの寂しげな色は消えて。イオスの眼差しは、とても安らかなものだった。


「――ありがとう」

 少女の瞳を少し眩しそうに見つめて。イオスは柔らかに微笑った。

 彼女の言葉に救われたのは、これでもう何度目だろう。

 否――本当は。心のどこかで、彼女なら、自分が望む言葉をくれるとわかっていて。
 それで、こんな話をしてしまったのかもしれない。

 こんな形でも。無意識のうちに、自分は彼女を求めてしまうのだ。

 やはり、自分は――……。



 口から、何か別の言葉が出かかって。はっとして、喉元でなんとかそれを飲み込む。
 雑念を振り払うかのように一度深く深呼吸をすると、イオスは少女の瞳を見つめ、再び礼の言葉を述べた。


「……ありがとう、……」


 そう口にした瞬間。心の奥にあった重い鉛の塊が、すうっと抜け落ちて。




 ――救われたと。そんな気が、した。