call my name
「――でね、こんな風にお姫様ダッコして。
『行くぞ』って、連れて行ったんだって!」
「そうそう、そうなんですよー」

 何やら大げさなジェスチャー付で興奮気味にまくしたてるミニスと、横で頬を染めながら頷くアメル。

 以前、ほんの僅かだけここにいた敵側の少女。名も無き世界からの召喚獣――が去った時の話を聞かされて、レナードの口からは苦笑が、そして周りにいた男性陣からは「またか」とでもいいたげな呆れを含んだため息が漏れた。
第13夜 レター・フロム
 アメルの唯一の希望だった祖母の存在が偽りだったこと、そしてアルミネスの森での悪魔との戦い。

 度重なるショックで憔悴の激しいアメルを気遣い、マグナ・トリス達一行はトライドラに行こうというフォルテの提案を先延ばしにし、一旦ファナンのモーリン邸へと引き返していた。

 アメルに休息を取らせつつ久しぶりに皆で腰を落ち着けて話をする中で、レナードがいた世界のことを聞いたカイナが西の工業都市サイジェントにいるという若者の話を口にしたのだ。
 その若者はロレイラル、サプレス、シルターン、メイトルパのどれでもない「名も無き世界」の「ニホン」から来たという。レナードがその国の名前を知っていたことから、どうやらカイナの知る若者とレナードのいた世界は同じであるらしいということがわかった。
 そして、この話を聞いていたミニスが思い出したのだ。あの旅団の少女――も、「ニホン」から来たと言っていたことを。

「ニホン――ニッポン。ジャパニーズか。会ってみてえなあ……!」

 同じ世界から来た仲間がいるということが嬉しいのか詳しく話を聞きたがるレナードに、ミニス達はそれは楽しそうにがここに来て、そして戻っていった時のことを話して聞かせたのだった。


「いや……。何だか、お前さんらの話を聞いていたら嬉しくなっちまったよ」

  ミニスとアメルの、「が帰ったときの様子がいかにすごかったか」という寸劇の後、レナードは妙にしんみりとした口調でこう言った。

「やっぱり、同じ世界の人がいたからかい?」
「あー。……もちろん、それもあるんだけどな」

  マグナの問いにフッとレナードが笑う。
 瞳を優しく細めると、彼はぐるりと皆の顔を見渡した。

「そのって嬢ちゃん。お前さんらにとっては敵側なんだろう?
でも、お前さんらはその嬢ちゃんにずいぶん良くしてくれたみてえだし…… 同じ世界の奴がちゃんと受け入れられてるってのはな、やっぱり嬉しいさ」

 それに、自分にもその子と同じくらいの娘がいるから、他人事じゃないのだと。
 だから、その少女がこの異世界でなんとか無事に過ごせているようで、本当によかったと……「父親」の顔をして、レナードはそうつぶやいた。

「感謝するよ――ありがと、な」

 サンキュ、と。彼の世界の言葉で、レナードは喜びと、そしてわずかに哀愁のこもった礼を繰り返した。







◆◆◆







「でも、なんでまた、その嬢ちゃんを助けようと思ったんだ?」

 最初からその子が召喚獣だとわかっていた訳ではないのだろう、姿だけではリインバウムの人間と何ら変わらない「敵」なのに何故と、レナードがごく当たり前の疑問を口にする。
 不思議そうに問われ、答えを求められたミニスはちょっとばつが悪そうに視線を彷徨わせた。

「うん――そもそも、あの子をここに連れてきちゃったのは、私なんだ」

 ネスティにはさんざん怒られたけどね、と言ってミニスが肩をすくめた。

「……草原で、が倒れた時にね。あの子のテテノワールが、すっごく悲しそうに気を失って起きないの肩を揺すってたの。
私が近づいたら、目にいっぱい涙をためてこっちを睨んで、一生懸命を護るように立ちはだかってさ……。
もしこのままこの子が死んじゃったら、このテテノワールははぐれになっちゃうって……こんなに好き合ってるのにって思ったらね、いてもたってもいられなかったんだ」

 自分も同じメイトルパの召喚獣の友達がいるから、あのテテノワールに、そして召喚獣を胸にかばったに悲しい思いをさせたくなかったのだとミニスは言った。

「でもね。一応、ちょっと考えナシだったかなあと反省はね、してるよ。
……今更遅いけど」

 部屋の片隅で腕を組み顔をしかめているネスティを気にするようなことを最後に付け加えて、ミニスが悪戯っぽくぺろりと舌を出す。レナードは、ミニスの気持ちが嬉しかったのかただ笑ってぐりぐりと少女の頭を撫で、結果ミニスに「子供扱いしないでよ!」と怒鳴られる羽目になった。



「……で。お前さんらは正直どうだったんだい?
俺はまだその『黒の旅団』を見てねえから何とも言えねえが……お前さんらにとっては、1番憎い相手なんだろう?」
「……え?」

  唐突に話の矛先を向けられた三人――アメル、ロッカ、リューグのレルム出身者は一瞬びっくりしたように動きを止める。
 鋭い指摘に、彼らは困ったように顔を見合わせて。しばらく何やら考え込んだ後、最初に口を開いたのは、アメルだった。

「確かにね。旅団は、あたし達から大切なものをたくさん、たくさん奪っていった……あたし達の、敵です。
……でも……最初、ミニスちゃんがさんを連れてきた時にとっさに思ったのは、とにかく治療してあげなくちゃってことだけでしたし……その、ええと……」
「――それに。あの人はレルムの戦いには関係のない人です。
ただデグレア側にいるというだけで仇と思っていたら、僕達はデグレアの国民全てを憎まなければならなくなる。
そんなことをしても、何にもならないことくらい……わかっているつもりですよ」

 上手い言葉が見つからず口篭もってしまったアメルの後をロッカが引き継ぐ。探していた言葉を口にして貰えて、アメルはその通りですとばかりこくこくと頷いた。

「――お前さんも、そうなのかい?」

  アメルとロッカの話に頷いた後、レナードが黙ったままのリューグへと視線を移す。無理矢理視線を合わせられて、リューグは嫌な話題を振られたとばかりチッと舌打ちをした。

「何ようリューグ、まだのこと怒ってるの?」
「うっせえな! いつもいつも口挟むんじゃねえよ!」

 勘ぐるミニスを怒鳴りつけると、リューグは居心地悪そうにぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった。むっとした表情をして、皆から顔を背ける。

「……俺は、兄貴やアメルみてえに甘くねえ。ネスティが言ってたように最初はあいつがスパイかもしれないと思ったし、何より黒騎士の仲間だ。だから、あいつを連れてきたミニスには本気で腹が立った」

「――な、ちょ、ちょっと……!?」

 リューグの言葉に思わずミニスが眉を吊り上げるが、文句を言おうとした口はまあまあとなだめるアメルの手にふさがれてしまった。
 女性陣のそんなやりとりをちらりと一瞥してから、レナードが言葉を止めてしまったリューグに先を促す。
 何か、思うところがあるのだろうと。そう問い掛けるレナードの瞳に、リューグは何か思案するように少し唇を噛んでから、再び口を開いた。

「――俺は、あいつら旅団に自分達がやったことに対する責任をとらせたいと思ってる。
それが、俺達が黒騎士を倒す……仇討ちとして殺すこと、なのか。それとも兄貴の言うようにひたすらアメルを護り続けることなのかは……まだよく、わかんねえけどな」

 でもな、と。ここで言葉を切ったリューグは一度小さくため息をついた。

「どうするにしたって、今の俺は力不足だ。
草原で黒騎士と戦ってから、俺なりに色々考えた――そこの女にも、ごちゃごちゃ言われたしな」

 唐突に何やら不服そうな視線を向けられた当人――モーリンは、何のことかわからず一瞬きょとんとした表情を見せたが、ややあって銀砂の浜で手合わせをした時のことを言っているのだと察し、おや覚えてたのかい、と小さく口の端を上げた。
 からかうようなモーリンの視線にリューグは嫌そうに眉根をよせたものの、彼女につっかかるような真似はしなかった。

「とにかくな。どういう選択肢を取るにしろ、強くならなきゃ何もできねえだろ。
今はそっちで手一杯で……だから、俺にはレルムに関ってない女のことまで気にしてる余裕はねえ。
……要は、そういうこった」

 吐き捨てるようにそう言うと、これで気がすんだかとばかり再び舌打ちをして、リューグがレナードから顔を背ける。
 しかし、そっぽを向いた先で今度はアメルと視線がぶつかってしまい。
 すると、 目が合った彼女はリューグの顔を見るなりあろうことかくすくすと笑い出した。

「――ねえ……本当にそれだけなの?リューグ」

「……はあ!? お前何言って……」

  いきなり笑い出したアメルの意図がわからず、リューグが間抜けな声をあげる。
兄代わりであるこの少年の性格を誰よりよくわかっているアメルは、ふふっと笑いながらこう言った。

「だってリューグ、最初はさんに対してものすごく怒ってたじゃない。だから、最初からそういう風に思ってたわけじゃないんでしょう?
さんが村のことに関係なかったってわかって気持ちも変わったんだろうけど……。

――あれでしょ? あんまり素直に謝られて、しかも泣かれちゃったから。どうしたらいいかわからなくなっちゃったんでしょう?」


「ん、なッッ……!?」


 予想外のアメルの指摘に、リューグは一瞬にして顔を真っ赤にし口をぱくぱくと動かす。
 憤怒の形相で何か言い返そうと目を白黒させるのだが、彼が言葉を発する前にロッカがなるほど、手を叩いて頷いた。

「そういえばお前、昔から女の子に泣かれるの弱かったもんな。
アメルと喧嘩した時だって、アメルが泣き出すと途端におろおろしだして――……」

「お、お前らなあ! 勝手なこと言ってんじゃねえーー!」

 ロッカの言葉に、なあんだあ、とか、そういうことだったのーとか、部屋にいた全員が妙に納得するのを見て、たまらずリューグが拳を振り上げて怒鳴る。

「照れるな照れるな。確かになあ、いくらお前さんでも、いたいけな女の子の涙にゃ勝てねえよなあ〜」
「だー! テメエと一緒にするんじゃねえぇ!」

 何やら意味ありげにウヒヒと笑うフォルテを一喝し、いい加減黙れとリューグが皆を睨みつけるのだが、すっかりアメルの説に納得してしまったらしき皆の表情を見て、彼はもう嫌だとばかりにこめかみを押さえて肩を落とした。


 ――この港町に来てからというもの、自分なりに今後どうするべきなのか色々考え、悩んで。黒騎士を倒したいという思いは今でも心の中に強くくすぶってはいるものの、自分にはまだそれだけの力がないということにリューグはようやく気付き、今のままではあの黒騎士に敵わないという事実を受け入れた。
 そして、アメルが何より望んでいることは、仇討ちよりも、自分や兄が揃って彼女のそばにいて、支えてやることなのだということも、わかった――復讐の念に駆られてひとり飛び出しても、護りたい筈の妹の心痛を増やすだけなのだ。
 だから、今はただ強くなることと、アメルのそばにいてやることを優先しようと考えて。あの旅団の少女のことも、辛い思いをしている当事者のアメルが信じ、許すと言うのなら自分はもう何も言うまいと結論付けたのに――幾夜も眠れず悩んだ彼の思いも、結局何やら笑い話にされてしまって。
はああ、と。 リューグの口からは疲れきったような、長い長いため息がもれたのだった。


「――まあ、とにかくな……。
あいつ、召喚獣で行くところが無くて、しかたなく旅団にいるんだろ?
旅団にいなかったらあんな奴、べそべそ泣くだけのただのガキじゃねえか。そんな奴のことまで構っていられるほど、俺もヒマじゃねえってことだよ……」

  最後にこれだけは言わせろと、ぽつり呟くリューグ。
いつもの威勢のよさはどこへやら、ぐったりとうなだれてしまった双子の弟の様子をひとしきり笑ってから、レナードがふいに真剣な面持ちになった。


「……本当に。優しいんだな、お前さん達は……」


 ――俺様の世界では、そういう優しさが薄れてきちまっててなあ……。
 いい世界だな、ここは、と。レナードに優しく笑いかけられて、アメルは照れくさそうに頬を染めた。

「そんな……。
優しいとか、そんな立派な気持ちじゃなくて……その」

  そっと胸の前で両手を合わせ、瞳を伏せる。
 胸のうちを明かすように。アメルは静かな声で呟いた。

「ただあたしは、さんは敵じゃないって、あたし達を騙してるわけじゃないって信じたいだけなんです。
何が嘘で何が本当か、わからなくて辛いときもあるけれど……でも、たとえ今は敵側にいる人でもね、一緒にいた少しの間だけでも、あたしはさんの言葉に嘘はないって……この人は信じられるって思ったから、あたしはさんを信じたいし、信じられると感じた自分の心を信じたい。

それにね、最後に……また一緒にお買い物に行きましょうって約束したんです。
だからあの人は、憎むべき敵じゃなくて――あたしの、お友達なんです」


 そう言って。アメルはふんわりと笑う。


 色々と、甘いのかもしれないが。それでも、祖母の村が無かったことで一時は何も信じられないと絶望していたアメルが再びこうやって何かを信じ、微笑んでくれたことに、皆がほっと胸をなでおろした。

 何かを純粋に信じるという、彼女の優しい心。それを保てる間は、アメルはまだ大丈夫だ。

 そして、この笑顔が失われないように、彼女を護ってやらねばと。


 皆顔をあわせて、頷き合って――……。





「……いい加減に、してくれ…………!」




 ――ダン!


 突然響いた重く鈍い音が、希望に満ちた部屋の雰囲気を一瞬にして粉々に叩き壊す。

「え……?」

 何事かと。驚いた一同が振り向いた先には、怒りに肩を震わせ、壁に右手を叩きつけるネスティの姿があった。








◆◆◆








「……ネ、ネス……?」

 いきなり壁を叩きつけた兄弟子に、トリスが震える声で呼びかける。
 ただ、皆で話していただけなのに。一体何を怒っているというのだろう。わけがわからずトリスはただおろおろとネスティの名を繰り返した。

「ネス。……ネスってば。
ねえ、何怒ってるの?みんなびっくりしちゃったじゃない……ねえ」

 ネスティが放つ怒りの空気に誰も動けない中、やっとの思いで彼に近づいたトリスがくい、とその赤いマントを引っ張ってみる。
 だが、妹弟子の手をつめたく振り払うと、ネスティはきつくアメルを睨み据えた。
 初めて向けられる暗い瞳に、アメルはまるで蛇に飲まれる蛙のごとく身動きを封じられてしまった。


「……信じる?友達?
君は、正気か?」


 怒りの滲む、震える声で。ネスティは言った。


「誰のために。……デグレアから、誰を護るために、こうやって旅をしていると思っているんだ。
――その、君が。信じたいだって?
草原で助けた時から何度も言っているのにまだ性懲りもなく……いいか、あの少女はな、敵なんだぞ!」

 ダン! と再び拳を壁に叩きつけてネスティが怒鳴る。びくん、とアメルの全身が大きく震えた。

「君を護るために、僕達は戦っているんだ!
君が行きたいと言うから、あの森にも行って……


――君が。君が行きたいと言わなければ、あんな森に……!」


 森に、と。繰り返すネスティの声が一瞬泣き出しそうにかすれる。
 だが、うなだれたかに見えた彼はすぐに再びキッと顔を上げた。ただ真っ直ぐ、ガタガタと震えるアメルの怯えた顔だけを睨んで。




「全ては君のために……君のせいなのに。
これだけ人を苦しめておいて、敵を、信じたいだって……!? 」



 ――今、ネスティがアメルにぶつけている言葉。そこに込められているものはもはや怒りではなく、憎しみだった。



 きつく握り締めているせいで、まるで蝋人形のように白く染まったネスティの手を。皆はただ呆然と、見つめていた。