call my name
「てっ、手紙!? から!? てがみっっ!?」
「な、なんてなんて、何て書いてあるんですかミニスちゃんっっ!」

 の名を聞いた途端、それまで言い争っていた兄弟子に180度背を向けたトリスがソファの背もたれを飛び越えて――これを見ていたネスティは「なげかわしい」と盛大にため息をついて頭を抱えた――ミニスに駆け寄る。アメルも、ミニスの手から手紙を奪い取らんばかりの勢いで彼女に詰め寄った。

「ちょ、ちょっとちょっと押さないでよおっ!」

 彼女らの特攻を何とかかわしたミニスがぐるりと部屋を見渡す。すると、驚きと興奮のあまりあまり息も荒くなっている二人をはじめ、興味深そうに目をまるくしているレナードなど、一瞬にして部屋中の皆が自分に注目していた。


 あまりに突然の、そして驚くべきタイミングで来たあの少女からの手紙。
 純粋に内容を知りたがっている顔、悪い知らせではないかと僅か眉をひそめる顔。
 去来する思いは様々のようだが、皆があの子のことを気にしているのに変わりは無い。


 注目のカードを手にしているということが、ちょっとなんだかいい気分で。ミニスは、勿体つけるかのように一度わざとらしく咳払いをした。
 もう一度視線をずらせば、アメルとトリスが手紙を奪い取りたいのを必死に押さえているのだろう、落ち着きなく両手を握ったり開いたりしていて。なんとも可笑しかった。
 ふふんと笑って、ミニスは得意げに顎を上げる。

「ご静粛に願います、皆様?
――じゃあ、読むわよ?」

 まるで政治家が演説でもする時のように、えへんとふんぞり返って。ミニスは薄桃色の便箋を広げた。






◆◆◆





『――お久しぶりです、です。皆さん、お元気ですか?
 ずっと、何かしらの形で皆さんに連絡を取りたいと思っていたのですが、どうしたらいいかわからなくて……。でもやっとグリムゥを召喚できるようになって、この世界の文字もなんとか書けるようになったので、こうしてお手紙を出すことにしました。

 今皆さんがどこにいるかはわからないし他に場所も知らないので、とりあえずモーリンさんのお家宛にしています。モーリンさん、申し訳ありませんがこれを皆さんに渡して頂けますか? お願いします。

 それと……きっと、ネスティさん辺りはとっても警戒されていると思うので(当たり前だとは思いますが)先に書いておきますね。

 私が手紙を出したことは誰も知りません。もちろんイオスさんもです。
 だから、この手紙と旅団の動向とは何の関係もありません。
 ……あまり詳しいことは書けないのですが、私は……黒の旅団は今、ファナンから遠く離れたところにいます。
 当分の間、アメルさんを狙おうという動きはないようなので……少なくとも、この手紙を受け取ったからといっていきなり旅団が襲ってくるとか、そんなことはありません。だから、もしトリスさん達がこの手紙を読んでくれたとしても、怒らないであげてくださいね』


 これを聞いて、たまらずトリスがぷっと吹き出した。

「……ネス。に行動読まれてるよ……!」
「でも確かに、ネスなら『うかつに読むな! 罠だったらどうする!』とか言いそうだもんなあ」

 そこまで思わないにしろ、また無条件に喜び浮かれているトリスに文句のひとつも言ってやろうと思っていたネスティは、あははと笑う弟子二人をぎろりと睨みつける。
 はあ、とひとつ、疲れたようなため息が出た。

「――まあ、もし旅団が近くにいるとしたら、森から帰って疲労している僕達を狙わない訳がないだろう?
そういう動きが無いということは、そこに書いてある通り旅団はファナン近辺にはいないんだろう。
呼び出しでも書いてあるならいざ知らず、いくらなんでも紙切れひとつを罠だとまでは思わないさ……」

 爆発するわけでもあるまいし、と言ってしかめ面をする兄弟子を、トリスが再び笑った。

「でも、遠くにいるって、どこなんでしょうね?」
「デグレアじゃねえのか? あいつらだってたまには国に戻るだろ」

  首をかしげるアメルに、リューグがむすっとした顔で答えてやる。

「じゃあ、続き読むよ?」

 そう言って、ミニスは再び視線を落とした。



『さて……まずは、謝らなきゃいけないですよね。――ごめんなさい。
 あんなに良くしてもらったのに、黙って姿を消してしまって、本当にすみませんでした。
 だけど……あれでよかったと、思っています。

 トリスさんにもお話した通り、私は自分を召喚したイオスさんを信じています。
 皆さんにとっては絶対に許せない相手だということもわかっています ……それでも、あの人は私にとって世界でたった一人の、大切な人です。
 こんなことを書くのは、私を許してくれたアメルさんやリューグさん、ロッカさんにとてもとても申し訳ないのですが……イオスさんも、私を置いてくれている黒の旅団も、私にとってはかけがえのない人達なんです。
 私はあの人達のそばにいたい。何があっても、その気持ちはかわらない。

 ……だから、あれ以上皆さんの優しさに甘えちゃいけないって、そう思いました。


 今後、黒の旅団が皆さんにどう関っていくかはわかりません。もしまた皆さんと戦いになった時、一体自分はどうしたらいいのか。そんなことを考えると気の遠くなる思いがします。
 皆さんとは争いたくない。だけど、私に旅団をとめることはできない。
 何も出来ない自分が情けなくて、はがゆくて、敵の私にあんなに優しくして下さった皆さんに申し訳なくて、同時にこうやって隠れて手紙を書いたりしているのがなんだかイオスさんを裏切っているような気もして、もうどうしたらいいかわからなくて……。

 ……とにかく、ごめんなさい。


 だけど、ひとつだけ信じて下さい。
 この先何があっても、皆さんへの感謝の気持ちはずっとずっと変わりません。
 最後にアメルさんとした約束……いつかまた、お買い物に行きましょうねっていう約束、かなえたいって思っています。
 本当です。これからどういうことになっても、これだけはどうか、信じていて下さい。


 ――最後に。

 マグナさん、ロッカさん、リューグさん。アメルさんを護ってあげて下さい。
 ネスティさん。トリスさんを護ってあげて下さい。
 ミニスさん。私のことかばってくれてありがとう……とっても嬉しかったです。だけどもう、あんなことしちゃ駄目ですよ? あなたが危険な目にあうかもしれないんですから。
 ――皆さんは優しすぎるんです。リィンバウムの人達は皆こんなに優しいのかって……私がこんなことを言うのはおかしいのですが、大丈夫なのかなって、なんだか時々心配になってしまいます……。



 ――それでは。
 皆さんどうか、お元気で。本当に、ありがとうございました。

  ――より』





「……ば……か。
私はの方が心配だよ……ウィンゲイルも満足に避けられなかったじゃないっ……!」

 少女からの手紙を読み終わって。便箋の端を皺が出来るほどきつく握り締めてミニスが呟く。声がちょっと、泣きそうだった。
 そんなミニスの肩をレナードが優しく叩いた。

「――いい嬢ちゃん、みてえだな」

 レナードの言葉にトリスがうん、と頷く。それから少し辛そうに瞳をくもらせた。

「私達さ……もしかしたら、にひどいことしちゃったのかな?
はイオス達が好きで。だけど、私達とも一緒にいたせいで、は純粋に旅団員として……敵として私達に向かい合うことが出来なくなってしまった。
これって矛盾、よね?

 ――あの子につらい思い、させてるんじゃないかなって……」

 そう言って俯くトリスを見たリューグが、呆れたように顔をしかめ短く息を吐いた。

「……あのな。そんなこと言うくらいなら最初からアイツのこと助けたりするんじゃねえよ。
お前らの行動のせいで俺達はずいぶん色々悩まされたんだ。今更後悔したって遅えし、虫が良すぎるだろそれは。――俺達にも、アイツにもだ」

 ばっさり言い捨てられて、痛いところを突かれたトリスがぎゅっと唇を引き結ぶ。思い切り傷ついた顔をされて、どうやら本当に言いたいことは他にあるのに上手く言葉が見つからないらしいリューグは、ああもう面倒くせえ……! とかブツブツ言いながら頭を掻きむしった。

 そんな彼の横に歩み寄ったアメルが、いきなりリューグの腕をえいっとつねる。

「――いてッ!?
アメル! 何す……」
「もう。またリューグは、言葉が足りないんだからっ」

 文句を言いかけるリューグをひと睨みして、アメルがトリスの肩を抱く。
 子供に言い聞かせる時のように、トリスの顔を覗き込んだ。

「……あのね、トリスさん。
さんがすごく素直でいい人なのは、トリスさんもわかってますよね?
あたしを狙っている旅団にいるのに、手紙にあたし達を護ってあげて下さい……なんて書いちゃうひとですよ?
助ける助けない関係なく、どのみち、たぶんさんはあたし達と戦うことを望まなかったんじゃないかと思います。
――そういう、ひとだって。思いません?」

 顔をあげたトリスは、ちょっと驚いたように目の前の聖女の瞳を凝視する。
 ややあって、そうね、と小さく笑った。

「そうだね……。そんな感じ、するね」

 ――フロト湿原で、イオスもろとも自分達を撃ち殺そうとした機械兵士の前に飛び出してきた少女。
 あの時から、自分達が彼女のことを気にしていたように、黒の旅団員だとわかっていても、どこか敵としては見ていなかったように。抱く思いはあの子も同じだったと思いたい。
 ……きっと、お互いに。たとえ草原でのやりとりがなかったとしても、刃を向け合うことはできなかっただろう。


「……この先、どうなるかなんてわからないけどさ。
私はと友達になったこと、後悔してないよ。……だってきっと、そうだと思う」

 ぎゅっと手紙をにぎりしめて。ミニスが笑う。

 そうだよね、と。最ものそばにいた少女三人は、くすりと笑いあった。

「――リューグも、もう……」
「あー、もういいもういい。俺はもう何も言わねえよ……!」


 つい先刻自分の胸で泣きじゃくった人間とはとてもじゃないが同一人物だなんて思えない、アメルの微妙に凄みのかかった笑みを向けられたリューグは、何であの少女の話題になるとこうも自分に矛先が向くのだろう……と苦悩しながら肩を落とすのだった。

 ――それを見たレナードが、「リューグはその嬢ちゃんと何かあったのか?」と問い、ミニスが「リューグは最初にひどいこと一杯言ったのよう!」とまくしたてて、また彼をどっと疲れさせる羽目になったのだが……。







◆◆◆






「……あれ? まだ何か入ってる」

 封筒に手紙を戻そうとしたミニスが、もうひとつ紙切れが入っていたことに気付く。
 二つ折りにされた小さな紙。あいだに細長い何かが挟まっている。

「これ……押し花?」
「わあ、きれいですねえ」
「本当だ。白に薄紫……何の花だろう。見たこと無いなあ……」

 先端にリボンが結わえられた長方形の紙。どうやら押し花の栞らしい。
 見慣れないその花に首を傾げる少女達の手元にちらりと目をやったネスティが、ああ、と口を開いた。

「ミモザ先輩の植物標本で見たことがある。
――確か、リダムとかいう名前の……デグレアにしか咲かない品種だ」

 へー、とか、じゃあやっぱりデグレアにいるんだねえ、などと頷きあっていた三人だが、ふとアメルが栞の挟まっていた紙に目を留めた。裏に僅か、インクが滲んでいるようだ。

「ミニスちゃん。そっちの紙にも何か書いてあるみたいですよ?」
「え!?
……ああ、ほんとだっ!ええと……

『いい香りのするお花なので、一緒に入れておきますね。よかったら使って下さい。

 ――それと……ミニスさん。
 あの時ミニスさんに聞かれたこと、あの時はうまく答えられなかったんですけど……結局、ミニスさんの言うとおりになっちゃいました。
 ……異世界のひとなのにね。ちょっと今、困ってます……』

 ん? あの時、って……?」


 何のことだろう、と首をかしげて。
 ややあって、はっと気が付いたミニスはまたしても「あああああっ!」ととんでもない大声を上げる。
 モーリン邸の居間をを少女の黄色い声がキーンと駆け抜けた。


「――っあああびっくりしたあっ!
ちょ、ミニス!? 何なのよっ!」
「あの時って、あれよあれ!異世界のひとってことは、あのことよおおおおっっ!」

 やっぱりやっぱりー! とひとりその場にぴょんぴょん飛び跳ねて大騒ぎをするミニスに、訳のわからないトリスとアメルが怪訝そうに眉を寄せる。

「あのこと……?」

いまだ煮え切らない二人の腕をがしっと掴んで。ミニスは興奮気味にこう叫んだのだった。



「皆で買い物に言った時、私がにイオスのこと好きなのって聞いたじゃない!
言う通りになったってことは、やっぱり、イオスのこと好きなのよーーーーーーー! 」



 一瞬、きょとん、と顔を見合わせて。
 ――いつぞやのカフェでのやりとりがようやく二人の頭にフィードバックする。

 そうだ。確かミニスが、召喚主と召喚獣とはいえ男と女なんだしとかませたことを言い出して、それで……。


 ――と、いうことは。





「ああああああーーーーーーッ! 思い出した思い出したあっ!
言ってたわ言ってたわそれっっ! 」
「ちょ、ちょっと待って下さいッ! さんがイオスさんのことを……好き?
で、でも迎えに来たときのイオスさんってまるで恋人にするみたくさんのこと抱きかかえてましたよっ……!
ってことは……もしかしてっ……!? 」




「えええええーーーーッ! やだあのふたり、どうなってるのーーーーーーーーーー!?」




 ぎゃーぎゃー、わーわー。敵側の恋愛事情に地団駄踏んで大騒ぎする呑気な少女三人に対し、見守る「大人達」はちょっとうんざりした表情で長い長いため息をついた。
 なんだか倒れこみたいくらいの脱力感が押し寄せる。いつもなら彼女らを率先して諌めるはずのネスティですら、もう呆れて声も出ないとばかりこめかみを押さえていた。

 ……もうあいつらは放っておこうと、ヒートアップするミニス達を残し、ひとり、またひとりと居間を後にする。
 思春期少女どもに構っている暇はない。さて、買出しやら荷造りやら、やらねばならぬことはたくさんあるのだ……。



 同じく部屋をでようとしたレナードだったが、ふと立ち止まって首を傾げた。




「――おい。
それってつまりあれか、行方不明になったと思ったら、娘はヨソの世界で男とできちまったってことか……? 」




 こりゃあちょっと、嬢ちゃんのチチオヤに同情するなと。ふぃーっと煙を吐き出して、レナードは複雑そうに笑うのだった。







第13夜 END