call my name
(――お、王子様がいる)

 その姿はまさに、お伽話に出てくる王子様のようで。

 なんというか……わかりやすく言えば、もし今この手にカメラ付き携帯があったなら激写して待ち受けにしてこっそり眺めてにやにや笑ってそのあとうっとり陶酔していたいような。
 ……さらに付け加えるなら、もし自分の世界にこんな青年がいたら確実に某美少年系芸能プロダクションからお声がかかってあっというまにトップアイドルになって、『武道館コンサートチケット五分で完売!』とか『抱かれたい男ランキング堂々のNo,1!』とか大騒ぎになりそうな。


 ――そんな妄想が猛スピードで頭の中を駆け巡るくらい。
 目の前のイオスは、それはもう、ものすっごく、めちゃくちゃ、格好良かった。
閑話2 ワルツと少女と王子様
「あ――ル、ルヴァイド様、イオス様。マント、こちらでよろしかったでしょうか?」

 よりひと足早く現実に戻った女官が、身支度を整える旅団総指揮官と特務隊隊長に手にしたマントを差し出す。

「ああ、ありがとう。
その黒いのはルヴァイド様に。僕のは――そっちだ」

 そう言ってイオスは己のマントを持っているの方を向いたのだが、目を合わせたにも関らず彼女はただ呆けたようにぽかんと口をあけてイオスを見つめるばかりだった。

「…………おい。
君が持ってるそれ、僕のマントなんだが」

 早く着替えなければいけないから渡して欲しいんだけどな、と苦笑いされて、ようやくも我に返った。


 ――まずい。思いっきり、見とれてしまった。


「あ! す、すみませんっ! ど、どうぞ!」

 慌ててイオスにマントを渡すのだが、これはもう、フォローのしようがない。
 恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤に染めた少女を面白そうに見下ろして、イオスがクッと笑った。
 マントを受け取り、そのままひょいと俯くの顔を覗き込む。


「何――あんまりイイ男で、見とれちゃった?」

「は、はい!
……っあ!? い、いえ、違っ……え、ええとええと。あ、ああああのですねっ……!!」


 いきなり顔を近づけられ、一瞬頭が真っ白になってしまったはイオスの問いに馬鹿正直に頷いてしまった。すぐさま我に返ってぶんぶんと首を横に振るのだが……何というかもう、どうしようもない。


 ――バレバレだ。


 両手で口を塞ぎ、ひとりオタオタする少女をイオスは余裕たっぷりにクスクス笑う。
 何とも可愛い反応に、もうちょっとからかってやりたい所だったが……あいにく、そこまで時間に余裕は無かった。


 ――今夜は、トライドラ戦に赴くデグレア軍のための、元老院議会主催による壮行会である。軍の代表として参加する自分達が遅れるわけにはいかないのだ。


 渡されたマントを手早く身につけ、イオスは困り果てた顔をしているの頭をポンと撫でた。

「それじゃ、行ってくる。
君は皆と飲み会だろう? 抜けられる時間になったら、僕もそっちに行くから」

 壮行会とはいえ、軍人全てが列席出来るわけではない。国の最高峰が催すこの夜会、参加できるのは軍の中でもトップクラスの、ごくごく限られた人間だけだ。むしろ壮行会なんて口実で、実際は貴族連中が夜通し愉しむためのパーティーにすぎないのだった。

 その夜会。黒の旅団で招待されたのはルヴァイド、イオス、そしてイオスの次の階級に位置する曹長の三人のみである。
 しかし、残りの旅団員達もまさかおとなしく待っているはずはなく……当然自分達で戦の前にぱあっとハメを外すための宴会を企画しており。
 ――そして、こちらの方がくだらない貴族共に付き合わされるパーティーなんかより何倍も楽しいことだけは確実なのだった。


「じゃあ、また夜にな」

 そう言って、イオスとルヴァイドはと女官を残し、支度部屋を後にした。








◆◆◆








 パタン、とドアの閉まる音がして、二人の足音が遠ざかり聞こえなくなったところで、残されたと女官――と同い歳だ――は同時にくるりと向き合う。顔をつきあわせ、目が合うなりがばっと互いの手を取った。


「……っか、かあっこよかったですねえええええええ!!」
「ですよね、ですよねですよねですよねーーーーーーー!!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて、少女二人は興奮さめやらぬままに黄色い声を上げる。

「ルヴァイド様ももちろんなんですが……イ、イオス様が! もうもうもうっっ!!」

 あまりの格好良さに心臓とまるかと思いましたわ! と叫ぶ少女に、も猛烈な勢いで頷いた。


 実のところ、程度の差こそあれルヴァイドの正装姿はもう何度か目にしている。総指揮官という立場上、国に戻ったルヴァイドは食事会やら何やら、「上の人間」に呼ばれることが多々あるからだ。
 もちろん、今日の姿は今までの比ではない位豪華で素敵だったのだが、それでもルヴァイドに対してはある程度「免疫」が出来ていた。

 ――けれど、イオスのああいう格好を見るのはデグレアに来た初日以来で。

 しかもあの時以上に煌びやかとあっては……。表向き「ルヴァイドの縁者」となっているはその立場に恥じることのないよう、どれだけ彼にドキドキしたって女官達と一緒にきゃあきゃあ騒ぐようなことだけはしないよう心がけていたのだが――今回ばかりは、騒ぐなという方が無理だ。

 今日のイオスの衣装は、白を基調とした大礼服。肩章もあり、袖口には金糸で豪奢な刺繍が施されている。 マントの留め具は大きなガーネットをあしらったもので、飾り紐も付き、おまけに白い手袋まで嵌めて……なんというかもう、まさに「王子様」そのものなのだ。


 もう、本当に。格好良すぎる。反則……。




 けれど。ひとしきり騒いだ後でふと我に返ってみれば、心に残るのは何故かちくりと痛むある感情。
 ――常日頃から、イオスが人並み外れた美形であることは重々承知していたが、あんな姿を見せられると興奮する反面、なんだか自分はとんでもない「高嶺の花」に恋している気分に陥って、ちょっと落ち込んでしまう。

 どきどきと、いまだ早鐘を打つ心臓を持て余しながら。改めてイオスの嫣然たる微笑みを思い出したは、あまりに平々凡々、地味な己と彼との釣り合わなさに、まるでお城の王子様に恋する町娘のごとく……複雑な乙女心を抱え、ため息をつくのだった。







◆◆◆






 ――日没とともに、城の大広間ではデグレア軍のための壮行会が幕を開けた。
 煌めくシャンデリアの下、着飾った列席者達のテーブルに運ばれるのはデグレア一のシェフが腕を振るった至高の晩餐。
 それは誰もが憧れるであろう、絢爛豪華な貴族の夜会だ。

 けれど、同じ城の中でもうひとつ。贅沢さこそ遠く及ばないものの、明るい笑い声に満ちた「本当の」壮行会が始まっていた。




「ルヴァイド様には許可とってあるからなー!
今夜は飲め、とことん飲めーーーーーーー!!」

 カーンパーイ! とハイテンションでジョッキを合わせる音。飲まない奴は旅団追放だー!とかなんとか大騒ぎしながら、黒の旅団はデグレア城の下部にある訓練場の一画を占領して飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。
 戦いの前のこうした「無礼講の飲み会」は、前線で命と精神を削る彼らにとって貴重な楽しみのひとつだ。騒げるときにきっちり騒いでおかないと、それこそストレスでおかしくなってしまう。

 ――加えて、総司令官と特務隊長、さらには機械兵士(現在ゼルフィルドは今後の戦いに備えて数日間の休眠モードに入っている。この間に、日頃の充電程度ではなかなかできない内部データの修繕等を行うらしい) という、いわゆる「少女のお目付け役」抜きで、がいる――という、この滅多に無い……むしろ始めてのシチュエーションも、彼らの浮かれっぷりに拍車をかけていた。

 もっとも、少女の護衛獣たるテテは同席しているのだが、この獣、実はかなりの大酒飲み。結構場を盛り上げてくれるので全く問題なし。飲み友達が増えるのは、むしろ歓迎。

 当のは、最初に少しだけ舐めた酒のあまりの強さに懲りたのか(イオスやルヴァイドから「絶対に飲むな!」ときつく言いつけられていたというのもある)、自分は酒を飲まずただにこにこと笑って請われるままに団員達にお酌をしてまわっている。
(ちなみに、イオスがいたらこんなことはまず有り得ない。隊長殿は「酒くらい自分でつげ!」と怒って少女を引き離し、そのくせ自分だけ彼女にお酌をしてもらってご満悦……とか、絶対そういう展開なのだ)

 少女の笑顔が、あの人ではなく自分達に向けられている。
 ――最高の「壮行会」だった。






「……あー。やっぱ女の子についでもらう酒は美味いよなぁ!」
「バーカ。『女の子だから』じゃなくて『可愛いちゃんがついでくれるから』美味いんだよ!
なー、ちゃん♪」
「あはは。ありがとうございますー」

 酒の力か、はたまた上司がいない解放感ゆえか。皆、いつになく饒舌にに話し掛ける。
しまいにはにはいきなり少女の手を握って「俺実はちゃんのこと……!」などと熱っぽく囁く者まで現われ――ちなみにその青年は護衛獣の鉄拳制裁をくらって倒れ伏した――、最初は驚きのあまりいちいち顔を真っ赤にしていただったが、そんなことを何度か繰り返すうち「ヨッパライの言うことを間に受けても仕方がない」ことに気が付いた。

 そんな訳で、宴会が始まって2時間もたつ頃には酒の席特有の雰囲気にもすっかり慣れ、さすがの彼女も旅団員達の口説き文句(らしきもの) くらい笑ってかわせるようになっていたのだった。



「それにしても……。ルヴァイド様達今頃、何食ってるんだろうなあ」
「またアレだろ、城お抱えシェフのフルコースだろー?
少なくともこんな乾き物なんか食ってないことだけは確かだって」

 そりゃそうだ、と笑いながら干し肉片手に麦酒をあおる青年達の会話に、横にいたが目を瞬いた。

「イオスさん達が行かれてるパーティー、そんなに豪華なんですか?」

 フォーマル衣装にフルコース料理。「上」で行われている壮行会は何やらとんでもなくすごいものらしい。
 一体どんな世界が繰り広げられているのか、不思議そうに問うに旅団員達は「滅茶苦茶豪華だぞ!」と口を揃えた。

「俺らなんかに参加する資格はないからなー、ちらっと覗いたことがあるだけなんだけど。
料理や酒は俺らの給料何年分だよってレベルのものばっかだし……ああ、あと食事の後はダンスとかやるらしいぜ。ズンチャッチャー、って、な」
「ダンス……ですか?」

 おどけた旅団員のジェスチャーに、の頭には一瞬着飾った人々がそろってマイムマイムを踊っている光景なんぞが浮かんでしまったのだが。もちろんそんなはずもなく、いわゆる「社交ダンス」というものだ。

「壮行会って言ってもさ、参加するのはほとんど貴族連中ばっかりだからな。何から何まであいつらの趣味だよ。 要は貴族社会の社交場ってことだ。
ついでに、貴族のお嬢様方はああいうパーティーで結婚相手を探すんだとさ」

 皆、上の連中の考えることはわからないよなー、と言ってあっけらかんと笑う。 しかし、は聞き捨てならないとばかり思わず身を乗り出してしまった。



 ――ダンスパーティ? 結婚相手?

 ――ということは。まさか……。




「あ、あのっ!
やっぱり、イ……イオスさんも、誰かと踊ったりとかするんでしょうかっ……?」

 あんな王子様みたいな格好で。誰かの手をとって。腰を引き寄せて。……イオスも?


 反射的に、そんなの駄目!と言いそうになって。はっとしたは慌てて出かけた本音を飲み込む。


 けれど時すでに遅く……旅団員達はいきなり必死の様子で身を乗り出した少女をまじまじと見つめ、次にお互い何か言いたげに顔を見合わせた。
 おどけた笑顔をひっこめて、皆どこか神妙な面持ちでに向き直る。ただならぬ気配を感じて、は思わずぎくりと背筋をこわばらせた。


 ――しまった……まずい。


「――なあ……。前々から、聞こう聞こうと思ってたんだけどさ……」
ちゃんって、やっぱり隊長のこと……」


 やはり来るだろうと思っていた質問を投げかけられ、はぴくりと顔をひきつらせた。
 ――どうしてこう、自分は肝心な時にボロを出してしまうのだろう。どこまでも詰めの甘い己が心底恨めしかった。

 もう、皆ある程度感づき始めているのかもしれないが。けれど、ここで動揺したりしたらそれこそ決定打となってしまう。それだけは何としても避けねばならないと、は頭をフル回転させて言い訳を探した。
 幸い、ここは酒の席だ。皆いい具合に酔っ払っているし、まだ誤魔化しもきくはずだ……。



「や、やだなあもう、変なこと言わないで下さいよ〜!
わ、私が好きなのはテテですもん。テテと私、ラブラブなんだから、イオスさんに浮気なんてしませんよう!」

 わざとおどけた口調でそう言うなり、は唐突に横にいた護衛獣の身体を抱き上げ頬ずりする。
 ねー? と必死に繕った笑顔で相槌を求めれば、護衛獣はそれはもう(が罪悪感を感じるくらい)心底嬉しそうにパアアアアっと顔を輝かせ、もちろんですとも! とばかりひしっと少女に抱きついた。

 少女と護衛獣のそんなやりとりがあんまり可笑しくて、質問のことなんて一瞬にして吹っ飛んでしまった酔っ払い達は大口開けて笑い出す。

「ぶわっははははははは! テテか! そりゃいいや!!」
「おいちょっと待てよ! ってことは俺、テテに負けたってことなのかー!?」

 爆笑の渦の中、先程を口説きかけて制裁をくらった青年が悲痛な叫びを上げる。
 勝者テテは、ご主人様の膝をひとりじめしながら勝ち誇ったようにふんぞり返って。その様子がまた、最早とまらない勢いの笑いを誘うのだった。






◆◆◆





  とテテの「熱愛宣言」が拍車をかけたのか、あれからさらに皆酒の勢いがヒートアップしてしまい。
 幸せの絶頂、浮かれまくって次々ジョッキを空けていくテテにやんややんやと喝采が送られる中、外の空気が吸いたくなったはこっそり喧騒から抜け出した。


 人気のないテラスに出ると、ひんやりした夜風が頬をなでる。酒の匂いに当てられ火照った頬の熱が引いたところで、少女はちいさく息を吐いた。

 ――皆の様子を見るに、どうやらうまく誤魔化せたらしいが。けれど、こんな些細なことでボロが出そうになってしまうなんて、酒の席でなければあんな言い訳なんてきかなかっただろう……危なかった。

(もっと、気をつけないとなあ……)

 ルヴァイドだけならまだしも、他の誰かにまで自分が抱えているこの想いを知られるわけにはいかない。知られれば、それだけイオスにばれる可能性も高くなるのだ――それだけは絶対に、嫌だ。
 宙ぶらりんだけれど、ぐらぐら不安定だけれど、それでもイオスが自分に微笑んでくれるだけでもうじゅうぶんなのだ。幸せなのだ。今を、壊したくない。

 だから、頑張って日々精一杯「演技」をしているつもりなのに……どうにも崩れがちだ。


(でもきっと……トライドラとの戦いが始まれば、こんなこと考える余裕もなくなるよね)

 些細なことで心揺れるのは、きっと今の生活にゆとりがあるせいなのだろう。また戦いの日々に戻れば自分も、そして周りもこんなことを気にしてなんかいられなくなる、だから大丈夫。
 ……と、そこまで考えたところで、は再びため息をつきかぶりを振った。

 ――不謹慎にもほどがある。

(何やってるんだろ……私)

 自己嫌悪でがくりと肩を落としたの耳に、ふい軽やかな調べの音が届いた。
 顔を上げたが音の出所を探すと、それははるか上階の大広間からこぼれてくるものだった。
イオスがいる、大広間から。
 上を見上げたの口から、はあっと重いため息が出る。

「イオスさん、あんな上にいるんだ……」

  がいる一階のテラスからは、三階にある大広間の様子はもれるシャンデリアのあかりとかすかな音色しかわからない。けれど、信じられないくらい華やかな世界が繰り広げられているであろうことだけは、わかった。
 正装していったイオスは、さぞかし夜会の「華」と化しているだろう。あれだけの美青年、話に聞いた「良人となる殿方」を探すお嬢様方の熱い視線を浴びているに違いない。
 それで、誰かの白い手をとって、この調べに乗せて踊っているのだろうか。
 が、こんな地上のテラスで切なくため息をついていることも知らずに。誰かと。


 その光景を想像してしまって。はむうっと唇を引き結んだ。


 自分が、イオスのことでこんなにも悩んでいるというのに、当の彼はシャンデリアの下でお嬢様とお楽しみ中? ――なんだ、何なのだ、この差は。
 落ち込んでいたぶんだけ、それは次第に少女の中でむかつきへと変わっていく。


「ば……かあ。イオスさんの、女ったらし……!」

 最早八つ当たりに過ぎないのだが、色々鬱憤がたまっていたは上空の想い人に向かって思わず悪態をつく。
 そうだ。自分が悩むのも落ち込むのも何もかも、彼があんなに格好良いから悪いのだ。全部ぜんぶ、イオスのせいだ。自分は何にも悪くない。ルヴァイドだってそう言っていたではないか。



「……イオスさんの、ばーーーーーーーーーーーかっ!!」



 ――宴会の最初に舐めた酒のせいで、彼女も少々酔っていたのかもしれない。
 とうとうむかつきを抑えきれなくなったは、あかりも人気もない中庭に向かってひとり叫んだ。
 ……大声を出したからどこかで誰かに聞かれたかもしれないが、もうそんなのどうだっていい。知ったことか。

「イオスさんなんか、ダンス中にお嬢様の足踏んでビンタされちゃえばいいのよー!」

 そうだ、それがいい。自分の思いつきに気をよくして、ヤケになったはひとりあははと笑った。



「あはははは…………………………はぁ」

 傍から見ればちょっとアブナイ勢いでひとしきり笑った後。は疲れたようにぐったりとテラスの柱に身体を預けた。

 自分の馬鹿さ加減に、何だかもう泣きたくなってくる。

 ――この恋心を抑えなければと焦る気持ちとは裏腹に、イオスの動向がいちいち気になって仕方がないのだ。今だって、彼が知らない誰かの身体に触れているかと思うと気が気じゃない。
 要は、つまらない嫉妬なのだ。自分に彼を束縛する権利なんてないのに嫌だと駄々をこねてしまう、どうしようもない我侭。

 でも。あんな王子様みたいなひとにエスコートされて、至近距離で微笑まれたら、きっと誰だって恋におちてしまうだろうから。

 それが、たまらなく嫌で。怖くて――……。




「……あ。ワルツだ」

 再び落ち込みかけていたところで、上から届く曲調が変わる。先ほどまでは知らないリズムの曲だったが、今度はにもわかる聞き慣れたワルツだった。
 弦楽器による落ち着いた三拍子。知らず、の身体が曲に合わせ動いていた。

「ワン、ツー、スリー……あ、結構覚えてる」

 闇夜のテラスでひとりステップを踏む。思いがけず滑らかに動く自分の身体が嬉しくて、の顔に笑みが浮かんだ。

 ――実は、は小学校の頃ダンスを習っていたことがある。「お稽古事」をさせるのが好きだった親に言われるがままやっていたのだが、音楽に合わせ踊るのはわりと好きだった。
 もっとも、いよいよ面白くなってきたところで、勉強が忙しくなるからという理由により辞めさせられてしまったのだが……。

 もう何年も踊っていなかったので、てっきり忘れているとばかり思っていたのに。意外と身体は覚えているものらしい――。




「――いや、驚きました。貴女がそんなにワルツがお上手だったとは」


 気分よくひとり踊っていた少女は、ふいに聞こえた拍手の音にはっと足を止めた。
 夢中になっていたせいで人の気配に気付かなかった。見られていたなんて、恥ずかしい……!

 けれど、真っ赤になって慌てて振り返った先にいたあまりに思いがけない人物に――驚きのあまりはぎょっと目を見開く。上気した顔から一気に血の気がひいた。


 ……まさか。よりによって、こんな時に……どうして。
 本当に、自分の間の悪さを呪わずにはいられなかった。




「――レッ、レイム、さん…………!?」

「お久しぶりですね、さん」




 相変わらず柔らかな笑顔を浮かべて。驚く少女の視線の先にいたのは――レイムだった。







◆◆◆







 ――この顧問召喚師に会うのはデグレアに来てまだ二度目。しかも、前回は何やら忙しいとのことで廊下ですれ違った際にひとことふたこと挨拶をした程度だった。それにあの時はルヴァイドやイオスも一緒だった。
 だから、こんな風に対面するのは実質「入団試験」を受けたあの時以来で。しかも、一対一。

 反射的に身を硬くするに、レイムはただにこにこと笑いかけた。

「仕事がひと段落して、なんとか今夜の壮行会に間に合いましてね。
これから広間に向かうところなのですが……さんは、行かれないのですか?」
「わ、私は……呼ばれていません、ので……」

  隠し切れない怯えを顔に滲ませて、はレイムから視線をそらす。

 出来るだけ、この男には関わりたくない。関わってはいけない。
 彼の気配に気がつかなかった自分を心底叱咤しながら、は一刻も早くこの場を離れようと、一歩、また一歩と逃げるようにレイムから距離をとった。

「あの……きっと皆さんレイムさんのこと待っていると思いますから、早く行かれたほうがいいですよ。
じゃあ、私はこれで……」

 失礼します、と言って駆け出そうとしたの手を、レイムはぐいと掴んで引き止めた。

「おやおや、そんな。
あんなに踊れる人が夜会に参加されないなんて勿体無いですよ。
どうです? 貴女も一緒に行きませんか?」


「――なっ……!?」


 あまりのことに驚き固まる彼女をよそに、レイムはひとり勝手にそうしましょうそうしましょうと言って嫌がるを無理矢理建物内へと引っ張り込む。

「ちょ……レ、レイムさんっ!?離してくださっ……!」
「ああ、そこのあなた。彼女にドレスの用意をお願いできますか」

 なんとか逃げ出そうとが身をよじるのだが、手首を捉えるレイムの指は逃がさないとばかり、強く。


 ――混乱し言葉を失った少女をちょうど廊下にいた女官に押し付けて。 レイムは、それはそれは楽しそうに笑ったのだった。