call my name
 ローウェン砦を囲むように敷かれた陣営。慌しく駆け込み、駆け出す馬の蹄の音、響く誰かの怒号に鉄と血の匂い。
  片手に救急箱、片手にサモナイト石を握り、は治療のため文字通り目の廻るような忙しさで陣内を駆け巡る。

  しばらくして、ようやく怪我人の列をさばききった彼女の耳に、前線の様子を窺っていたゼルフィルドの声が届いた。


「いおすノ部隊ガ、戻ッテキタヨウデス」


  その台詞にははっと顔を上げる。慌てて立ち上がった彼女は、ルヴァイドに状況を伝えるゼルフィルドのもとへ飛びつくように駆け寄った。

「ゼ……ゼル! あの、イオスさっ……!」
「――安心シロ、いおすは無事ダ。
生体反応異常ナシ」

  息を切らせ、必死の形相で自分を見上げる少女が言わんとしていることを汲み取り、先に答えてやるゼルフィルド。
  告げられた言葉にほっと肩をなでおろす
  そんな少女を見やるルヴァイドの瞳に一瞬やわらかな色が浮かぶ。しかし、それはすぐに総司令官の厳しいものへと戻った。

「作戦は成功したようだな」
「ハイ。
いおすノ顔色ガ明ルイ。間違イナイデショウ」

  遠視モードでイオス達の様子を探るゼルフィルドの瞳がキュルキュルと音を立てて動く。
  機械兵士であるゼルフィルドは決して嘘をつかない。だからイオスが無事であることはわかるのだが、それでもやはり自分の目で確かめたくて、はゼルフィルドが見ている方角へと顔を向ける。

  ――この目で見なければ安心出来ない。そんな思いに駆られるほど、戦場の空気はの心を不安で揺らすものだった。

  しかし、周囲を慌しく駆け抜ける人波のせいで陣に辿り付いたというイオスの姿を見つけることが出来ない。何とか彼の姿をとらえようと一生懸命つまさき立ちをしてみたりぴょんぴょん飛び跳ねたりしているに気付いたゼルフィルドは、そんな少女の動きをしばらく見つめたのち、何を思ったかいきなり跳ねる小さな身体に手を伸ばした。
  そのまま、ひょいと少女を自分の肩の上に抱き上げる。

「きゃあっ!?
ちょっ――ゼ、ゼルフィルド!?」

  突然の機械兵士の行動に驚いたの悲鳴が、騒がしい陣営内に響く。
  肩の上に座らされるという不安定な格好、そして思いがけない高さにバランスを崩しそうになった彼女は慌ててゼルフィルドの首にしがみついた。

「……
手ガ目ヲ塞イデイル。前ガ見エナイカラ離セ」
「あっ! ご、ごめ……。
ってそうじゃなくて! な、なあに? いきなり!?」

  子供みたいに担ぎあげられ目を白黒させている少女に、ゼルフィルドはいつも通りの落ち着いた声でこう言った。

「コウスレバ、いおすガ見エルダロウ?」
「え?」
「オマエハ、いおすノ姿ガ見エナイト不安デ心拍数ガ乱レル傾向ニアル。
カトイッテ、イザいおすヲ前ニシテモ今度ハ頬ニ熱ヲ持ッタリ呼吸ガ奇妙ニ不安定ニナッタリ……。
でーたべーすニヨレバ、特定ノ人間ニ対シソノヨウナ症状ガ出ルコトヲ恋愛トイウ心ノ」
「わーっわーっ! ゼ、ゼゼゼゼルフィルドッッ!」

  機械兵士の口から飛び出たとんでもない分析結果に、は一瞬にして耳まで紅く染め、大慌てでゼルフィルドの頭をきつく胸に抱え込んだ。これ以上余計なことを喋られてはたまらない。
  そんな少女と機械兵士のやり取りに、横にいたルヴァイドはたまらずぷっと吹き出してしまった。

「ル、ルヴァイドさまっ!」

  笑い事じゃありませんとが抗議の声を上げようとしたちょうどその時、イオスがルヴァイドの元へと駆け寄ってきた。

「――只今戻りました、ルヴァイド様。
作戦通り国境の跳ね橋は我らが押さえました。あとは、砦に残る残存部隊を叩くのみです」
「そうか。よくやった」
「はっ」

  そう言って上官に一礼した彼は、次にゼルフィルドへと視線を移す。
  そのまま、ゆっくりと抱き上げられているを見上げて――。

「……少し会わない間にずいぶん背が高くなったなあ、?」

  女の子は知らないうちに大きくなってしまうものだなあ、などとまるで思春期の娘を前にした父親のような台詞を口にし、イオスはわざとらしくため息をつく。
  それが彼女をからかうための演技だということくらいじゅうぶん承知しているは、機械兵士の肩の上で心底悔しそうに足をばたつかせた。

「も……もうっ! いい加減にして下さいっ!」

  むう、と頬を膨らませる少女を見て、イオスは声を上げて笑う。
は口を尖らせてゼルフィルドの瞳を覗き込んだ。

「ゼル……。
もしかして、こうやって笑われるのわかってて……わざと、やってない?」
「……」

  恨みがましそうな少女の問いに、何故か機械兵士はだんまりを決め込んで。

  再び響くの文句とイオスの笑い声。本来なら荒ぶる風のみが支配する筈の戦場において、そんな少女の姿は緊張で張り詰めた兵士達の表情に一瞬、穏やかな微笑みをもたらす。


  ――しかし、ゼルフィルドが少女を大地に下ろすと、和やかな空気は即座に霧散した。


「――では、今後の作戦を立て直す。
イオス、人を集めてくれ」


  総司令官の硬質な声が響いた。





◆◆◆





  戦況としては、ルヴァイド率いるデグレア軍の勝利はまず間違いないといってよかった。
  ローウェン砦を完全に包囲したデグレア軍。完全なる包囲網に隙はなく、すでに鼠一匹逃げ出すことは出来ないだろう。
  進路も退路も断たれたトライドラ兵に残された道は篭城作戦のみ。しかし、それすらいずれ消耗し敗北することは目に見えている。

「――だが、トライドラ兵は誇り高き騎士だ。国のため、奴らは死の瞬間まで決して諦めない。
砦攻めは、相当の激戦になる」

  ルヴァイドの言葉に、イオスも頷く。

「ここまでくれば降伏勧告を出すのが常ですが……」
「従わぬだろうな、トライドラの人間は」

  僅かに顔をしかめたルヴァイドは、そう呟き目を伏せた。

  勝てることは確かだ。しかし、相手も砦を死守するため死に物狂いで反撃してくるだろう。
  こちらにも相当の被害が出ることは間違いない。
  何か良い策はないかと、ルヴァイドはひとり考えを巡らせる。

「我ガ将ヨ。コノ戦、ドウデマスカ」

  ゼルフィルドが静かに主人の判断を仰ぐ。

  ややあって、双眸を開けたルヴァイドは指示を待ち望む部下達の顔をぐるりと見渡すとこう言った。

「乱戦になって戦力を消耗することは避けたい。
そうだな――ここは、俺が直々に敵将と決着をつけるとしよう」
「……ソレハ、一騎打チヲスルトイウコトデスカ?」
「そうだ」
「なっ――ル、ルヴァイド様!?」

  思いがけない上官の作戦に、とんでもないとイオスが目を吊り上げる。
  そんなことをしなくても勝ってみせますと息巻く部下をルヴァイドは静かに首を振ることで制した。

「何度も言うが、ただ攻めるだけでは双方に甚大な被害が出る。
今回の戦の目的は、ローウェン砦を落とし我がデグレアのものとすることだ。敵兵の壊滅が目的ではない以上、悪戯に無駄な血を流す必要は無い」

  それに、と。ここでルヴァイドは何故か小さく笑った。

「相手は騎士の中の騎士だ。一騎打ちは奴らが最も好む騎士らしい戦い方だろう。
それで決着がつくのなら、決して拒むまい」

  そう言うルヴァイドの瞳は、見守る部下達が驚くほどあまりに楽しそうで。


  ――その瞳の意味に気付いてしまったイオスは、ああ、と心の中で叫んだ。


  ルヴァイドは、この戦争を騎士として終わらせようとしているのだ。
  あの忌まわしきレルムに始まり、自分達にずっと許されなかった騎士らしい戦い。トライドラ兵以上に騎士として誇り高くありたいと願うルヴァイドにとって、この一騎打ちという典型的な騎士の戦い方は、おそらく何より渇望していたものに違いなかった。


  ようやく。ようやく巡ってきた、騎士として戦える好機――。


  ルヴァイドがそれを望む理由を、イオスは誰よりよくわかっていた。
  騎士らしくありたいと願うのは、彼も同じなのだ。



  腕を組み考え込んでいたイオスの口から深く長いため息がもれる。長い沈黙の後、顔を上げた彼はまっすぐに上官の瞳を見つめた。

「……わかりました」

  そう言って敬礼した彼は、次に集まった兵士達の方へと身を翻す。
  皆の顔を見渡して、イオスは厳かに口を開いた。

「皆、聞いただろう? 騎士には騎士として戦いを挑む……ルヴァイド様はそう決断された。
誰も異存はないな?」

  特務隊隊長により、デグレア軍全体に作戦――軍の長同士による戦い――の決定が申し渡される。
  思いがけない成り行きに驚きを隠せなかった兵士達の表情が、次第に決意を帯びた真剣なものへと変わっていった。

  デグレアとて、本来ならトライドラに勝るとも劣らない愛国心に溢れた騎士の国である。
  戦えるものなら、騎士として戦いたい。
  ――皆、思いは同じなのだ。


  全員の表情を確認すると、イオスは手にした槍をまっすぐに空へと掲げた。

「それでは――我らが長に、勝利を!」
「勝利を!」

  儀にのっとり、神聖なる一騎打ちの始まりをイオスが宣言する。それに続き、ルヴァイドの勝利を微塵も疑わない兵士達の声が高らかに響き渡った。

  そんな部下達に力強く頷いてみせるルヴァイド。



  皆から一歩ひいたところでこの流れを見ていたは、感動のあまりその場から一歩も動けなくなってしまった。

(すごい……)

  響く雄叫びに、の肌が興奮でぞくぞくと粟立つ。

  騎士というものが何なのか。少しだけわかった気がした。


  ――ここはデグレア軍。皆、国のため、上官であるルヴァイドを信じて戦う。
  では、自分には何が出来るだろう?

  沸き起こる歓声に包まれながら、はぎゅっと唇を引き結んだ。







◆◆◆





  こういった戦時下において一騎打ちを挑む場合には、まずは申し込む側が使者を立て相手の陣地へと赴くのがならわしである。
  さて誰が行くかという話になり、やはりここは副官である自分が行くべきでしょうとイオスが口にしたところで、か細い声が軍議の進行を遮った。
  はっとした皆が振り返ると、そこにいたのは邪魔にならないよう気遣ったのかずっと隅のほうで身を硬くしていた筈の少女――だった。

?」

  どうした? とイオスが声を掛ける。
  名を呼ばれ、は僅かの間だけ何か迷っているかのように手元をもじもじさせたのだが、ぎゅっと一度強くスカートの裾を握り締めると、覚悟の決まった瞳でイオスを見返した。

「あの。
その、使者の仕事――私にやらせてもらえませんか?」
「――なっ……!?」

  突然の少女の申し出に、皆あんぐりと口をあけてを凝視する。
  ややあって、我に返ったイオスが慌てて冗談じゃないと首を横に振った。

「いきなり何を言い出すかと思えば……。
あのな、。これは単なる『お使い』の使者じゃないんだ。気持ちはありがたいが、君に任せるわけにはいかない」
「……それは、私では役に立たないということですか?」
「――っ!
だから、そうではなくて……!」

  あからさまに傷ついた瞳を向けられ、イオスが言葉に詰まる。
  いつもなら決して出しゃばったりしない性格のこの少女が、どうしてこんなことを言い出したのだろう。困り果てた彼は、ぐしゃりと後ろ髪を掻き毟った。

「……いいか、よく聞くんだ。
こういう場合の使者というのは、敵側にとってみれば人質にあたるんだ。誰かを差し出すことにより、罠ではないと相手に示し、信用してもらう。
使者は戦いの間敵陣に拘束され、万が一一騎打ちにおいて裏切り行為があれば、報復としてその場で斬って捨てられる――そういう役目なんだよ」

  だから、そんな危険なことを君にさせられる訳がないだろうと――少女の両肩にそっと手を置き、イオスが言い聞かせる。
  けれど、はいいえと小さく首を振った。

「そんなこと教えられたら、今度は私がイオスさんが使者として行く事に反対する番です。
イオスさんが殺されるかもしれない……そんな場所にあなたを行かせるわけにはいきません」

  いつかの約束を破る気ですか、と。潤んだ瞳で見上げられ、イオスは何も言い返せなくなる。
  無意識のうちに胸元へと伸びる手。それを着けている間は決して死なないと約束したあのペンダントは、今も確かに彼の服の下にあった。

  けれど、だからといって自分が行かない訳にはいかなくて、に行かせるなんてさらにとんでもないことで。
  もちろん、イオスとて命を捨てに行くつもりはない。騎士道を重んじるトライドラ軍は一騎打ちが正しく行われる限り決して自分に危害は加えないだろうし、ルヴァイドが勝ってもそれは同じだろうということが彼にはわかっていた。また、もし己の将が負けたことで我を失う者がいたとしても、降りかかる火の粉くらい払いのける自信もあった。

  それをどう説明したものかとイオスが考えあぐねていたところで、が再び口を開いた。

「それに。
人質ということなら……。たぶんイオスさんより私の方が適任だと思います」
「なっ!」

  驚くイオスをよそに、はルヴァイドの方へと身体を向ける。
  出しゃばってごめんなさいと先に頭を下げてから、はルヴァイドの暗茶の瞳を見上げた。

「素人考えかもしれませんが……反撃するだけの力を持っているイオスさんより、兵士として何の力もない、女の私の方が、人質としては価値があるんじゃないかと思うんです。
デグレア軍もこんな子供を見捨てたりはしないだろうから、だからこの一騎打ちは罠ではないって……相手に信じてもらいやすい」

  ここで一呼吸おいたは、自分で自分に価値があるだなんて言ったりして図々しいですねと自嘲気味に笑う。
  ルヴァイドは、そんな少女の言葉をただ黙って聞いていた。

「我侭を言ってごめんなさい。
でも、私も黒の旅団の一員です。私に出来ることがあるのならそれをやって……少しでもいい、役に立ちたいんです。
だから、どうか――お願いします」

  そう言ってルヴァイドに頭を下げるの肩を横からイオスが乱暴に掴んだ。
  無理矢理顔を上げさせ、彼は少女を真正面から睨む。その顔はひどく怒っていた。

「いい加減にしろ、
さっき君が言った言葉をそっくりそのまま返す。いいか、僕だって君をそんな危険な場所に行かせるわけにはいかない!」
「……でも、トライドラの人達は騎士道を重んじるから、女子供に危害を加えたりはしない。
だから、イオスさんには危険でも私にとっては危険ではない――ちがい、ますか」

  自分なりにトライドラのことを学び、周囲の話を統合して彼女が出した答え――この役目をやらせて欲しいと言い出した根拠を口にして、はイオスを見る。
  少女の言葉に、イオスの目尻が鬼のように吊り上った。


「――!」


  頭上から降り注ぐ怒鳴り声。
  初めて聞くイオスの自分に対する怒りに満ちた声と見たこともないほど怖い表情に、はぶたれるかもしれないと覚悟して肩をすくめ、反射的に瞳をぎゅっと閉じた。

  たとえ怒られてもぶたれても、は引き下がるつもりはなかった。……引き下がれなかった。
  護られているだけの自分はもう嫌だったのだ。何かをしたい、役に立ちたい。しかもこの役割は、イオスを危険から遠ざけることも出来る――彼女にとって、もはやどうしても譲れないものになっていた。


  おそらく僅かな間だったのだろうが。それが何時間にも感じられるほど、重苦しい空気が流れる。


  実際、聞き分けのない少女の横っ面をはたいてやりたい衝動に駆られるほど怒っていたイオスだったが、目をつぶり、身を縮こませてしまったの姿を前にして、彼もはっと我に返る。
  怒りの衝動が去った後で押し寄せてくるのは怒鳴ってしまったことに対する後悔とどうしようもない愛しさ。思わず抱きしめたくなるのを必死にこらえて、イオスは少女の肩をきつく掴んでいた手をゆるめた。

  ――何とかして役に立ちたいと彼女が願っていることは、イオスも痛いほどよくわかっていた。
  けれど。どうあっても、彼は彼女が行くことを認められる立場になかった……公的にも、私的にも。

  ――それほどまでに、大事なのだ。

  なのに何故、この少女はそれをわかってくれないのだろう――。



  深いため息をついて、イオスはそっと少女の頬に手を伸ばす。
  触れた指先には一瞬びくりと身体を震わせたが、思いがけず優しく頬を撫でるそれに驚いて瞼を開ける。
  見上げた先、イオスの瞳は切ない紅に染まっていた。


「――頼む、……わかってくれ。
僕は、君を」


  傷つけたくない。そう言おうとしたイオスの背後で、がしゃり、と重い物音がする。
  日差しを遮った影に虚を突かれたふたりの目に映ったのは、いつの間にか真後ろに来ていた機械兵士の姿だった。

「――デハ、自分ガト共ニ行コウ。
ソレナラバ問題ハナイダロウ、いおす?」

  これまた唐突なゼルフィルドの提案に、もイオスも驚きのあまり目を大きく見開く。

  この機械兵士は一体何を言い出すのだろう。あっけにとられて二の句が告げないイオスに背を向けたゼルフィルドは、ルヴァイドに向かいこう言った。

ノ提案ハ理ニカナッテイマス。我々ノコトヲ、トライドラ軍ハヒドク警戒シテイル。ソレヲ解キ、一騎打チヲ承諾サセルニハソレナリノ困難ガ予想サレマス。
ケレド、ナラ……オソラク最モスムーズナ形デ交渉ヲマトメルコトガデキル」

  理由は先ほど彼女が言ったとおりですと言って、ゼルフィルドはさらに続けた。

「ダカラ、ヒトリデハ危険ダトイウノナラ、自分ガ護衛トシテ同行シマショウ。
コレガ最善ノ策カト考エマスガ……イカガデスカ、我ガ将ヨ?」

  腹が立つほど落ち着き払ったゼルフィルドの声にイオスはがばっと顔を上げる。
  そういうことならと、彼は機械兵士を呼び止めた。

「だ……だったら! 護衛ということなら僕が行く!」
「ダメダ。いおすデハコノ任務ハ全ウ出来ナイ」
「どういう意味だゼルフィルド!」

  怒り心頭のイオスを機械兵士は静かに見下ろす。いたって冷静に、ゼルフィルドは告げた。

ノコトニナルト、いおすハ冷静サニ欠ケル。
ヨッテ、フタリガ一緒ニ赴クコトハまいなすノ結果ヲ招キカネナイ」
「――ん、なッ……!?」

  ずばり言い切られ、イオスは一瞬頭の中が真っ白になる。

  機械兵士の言葉は、客観的な分析であり真実。実はほんのり自覚もあったイオスは痛いところを突かれ悔しそうにゼルフィルドを睨んだ。

  ――まさか。ゼルフィルドの口からこんな台詞を聞くはめになろうとは……。



  赤い顔で両の拳をわなわなと震わせるイオスの耳に、ふいにくぐもった笑い声が聞こえる。
  視線をずらしたイオスは、声の主を見つけると怪訝そうに顔をしかめた。

「……ルヴァイド様?」
「お前の負けだ、イオス」

  くつくつと笑いながらそう言ったルヴァイドは、反論しようとした部下を手で制し、そのままの正面へと歩を進める。
  総司令官は、視線をそらすことを許さない強い瞳で少女を見下ろした。

「……俺は、ひとりの騎士として正々堂々敵将と戦うことを望んでいる。
俺の騎士としての誇りとデグレア軍の運命、両方をかけた負けられない戦い……使者は、その第一歩を築き、国同士の戦いに決着をつける重大な仕事だ。
――お前にそれが出来るか? 

  覚悟を問われ、ルヴァイドの気迫に一瞬息を呑んだだったが、彼女にも迷いはない。

「……大丈夫です。
やらせて下さい――どうか、お願いします」

  ぎゅっと胸の前で手を組みルヴァイドの瞳を見返した彼女はそう言って再び頭を下げる。
  やああって、顔を上げた少女の黒い瞳にみなぎるのははっきりとした決意。それを、ルヴァイドは上官として認めた。

「――わかった。
黒の旅団兵、。それでは、お前にローウェン砦守備隊長との交渉を……そしてゼルフィルドにの護衛を命じる」
「ルヴァイドさま……」
「ルヴァイド様っ!」

  嬉しさのあまり頬をゆるめ、ありがとうございますと言いかけたの言葉はイオスの怒鳴り声によって遮られる。
  今にも上官の襟首をつかみそうな勢いでイオスは声を荒げた。

「認められません! 彼女を敵陣に行かせるだなんて、僕は」
「――下がれイオス。俺の決断に逆らうつもりか。
が提案したことは確かに最善の策なのだ。……お前が行くよりも、な」
「――ッ!」

  上官に言い切られ、イオスは視線を地面に落としきつく唇をかみしめる。
が行けば、交渉は成り立つ――その理屈はわかる。わかるのだ。けれど――!



「イオスさん……」

  ためらいがちに小さく軍服の裾を引っ張られ、イオスはゆっくりとうつむいていた顔を上げる。
  困ったように眉をひそめ、不安げに瞳を揺らすがそこにいた。
  次に彼女が何を言おうとしているのかが手に取るようにわかって、イオスは深いため息をつく。

「あの……ごめんなさ」
「謝るな。
君は何も、謝らなければならないようなことはしていない」

  イオスが予想したとおり、少女の口から出たのは謝罪の言葉。
  それを押しとめると、彼は機械兵士の瞳を見上げた。

「……万が一、戻ってきたの身体にすり傷のひとつもあってみろ。
お前を許さないからな――ゼルフィルド」


  それは、この作戦に対する肯定の意思。


  かたい花のつぼみがほころぶ時のように、強張っていたの顔に笑みが浮かぶ。その瞳が嬉しそうに輝いた。


「――あ、ありがとうございますっ、イオスさん!」


  あんまり嬉しそうな顔をされてしまって、本当はいまだ行かせたくないと思っているイオスは苦虫を噛み潰したような複雑な表情になる。
  その横で、ルヴァイドはの肩をぽんと叩いた。

「お前を信じているからな。――頼んだぞ」
「はいっ!」

  いい返事だ、とルヴァイドは頷く。

  ルヴァイドも最初は少女の提案に驚かされた。しかし、確かにトライドラ側にこの一騎打ちを了承させる使者として、ほどの適任者はいないだろう。
  また、己の経験から少女が言うように敵側がに決して手を出さないことには確信があった。

  ――そして……ルヴァイドも、自分の立場を思い悩んでいる少女の気持ちを汲んでやりたかったのだ。


  そのまま交渉の段取りを話し合い始めた二人を後ろから眺めながら、イオスは再びゼルフィルドを呼び止めた。


を……。
……頼む。ゼルフィルド」


  護ってやってくれ――。


  そっと、ゼルフィルドだけに聞こえるようにそう言ったイオスの声が掠れている。
  そんな彼に対し、機械兵士ははっきりと頷いてみせた。

「――ワカッテイル」


  もう一度、頼む、と繰り返して、イオスはの横顔を見つめた。
  視線の先、少女は真剣な面持ちでルヴァイドの話に聞き入っている。


  ――そんな彼女の姿を移すイオスの瞳が、ひどく不安げに細められた。