――砦の北。大絶壁をつなぐ橋が奪われた。
部下の報告にシャムロックは両目を閉じてきつく唇を噛む。
国境の橋を押さえられ、砦も囲まれ、進路も退路も断たれた自軍。敗北という二文字が、若き守備隊長の肩に重くのしかかった。
顔を上げ、辺りを見渡せばそこには自分の指示を待つ部下の姿。いくらか疲労の色は見られるものの、それでも誇り高きトライドラの騎士達はまだ誰一人この戦いを諦めてはいなかった。
そんな彼らの命が……自分を信じてここまで戦ってくれた皆の命が、まもなく奪われようとしている。こ れはまぎれもなく、長である己の力量不足が招いた結果だった。
すまない、と、シャムロックは部下達に詫びた。
「こうなったのは全て私の責任だ。
皆には本当に、すまないことをしたと思っている」
頭を下げる上官に、たまらず兵士の一人が前へと飛び出した。
「そんなことはありません! シャムロック様だからこそ、こうやって砦を死守できたんです!」
「いや、しかし……」
隊長の判断は正しかったのです、と口々に叫ぶ部下達にシャムロックは首を振る。
けれど、否定の言葉を紡ぎかけた彼の口は、並ぶ兵士達の瞳を見てその動きを止めた。
シャムロックが敗北を示唆しても――それでも、皆戦意を失っていない。まだ戦える、と彼らの瞳が強く訴えていた。
(……まだまだ未熟者だな、私は)
砦の誰もがまだ戦おうとしているのに、隊長である自分が一番弱気になっていただなんて、情けない。
しっかりしろ、とシャムロックは己を叱咤した。
(まだ、終わってはいない)
これからどう戦うか。どうしたら被害を最小限に食い止められるのか。何が最善な方法か考えなければならない。敗北という絶望に打ちひしがれるのは最後でいい。
すう、と深く息を吸い込むと、シャムロックは迷いを振り払った澄んだ瞳で前を見据えた。
「――すまない。
過ぎたことを悔いるより、これからのことを考える方が先だったな」
「シャムロック様……」
集まった部下達の顔をひとつひとつ見つめて、シャムロックは言った。
「お前達をここで討ち死にさせる訳にはいかない。
皆、本国には待っている家族がいるのだから……」
真摯なシャムロックの声に対し、兵士達の顔に一瞬だけ悲痛な色が浮かぶ。
――半月ほど前まで、この砦にも女の姿があった。炊き出しや洗濯など、男だけではどうにも人手が足りないという理由で働いていた彼女達は、その殆どが砦に配置された兵士達の家族――妻や、恋人だった。
いよいよ開戦が近くなり、当然女達にはトライドラへの帰国が命じられたのだが……そんな彼女達に男達は皆「必ず帰る」と約束していた。別れ際、信じていると頷いた女達の目の端に光っていたあの涙を裏切ることは出来ない。
――国のため、そして待っている人のため。ここで死ぬわけにはいかないのだ。
皆の表情に、戦い抜くだけでなく生き抜くという決意が加わったのを見てシャムロックは頷く。
彼らを、生かさなければならない。それが、この砦の守備隊長として今自分がなすべき使命だ。
「どうやったらこの状況を打破できるか、もう一度考えよう。
皆の力を貸してくれ」
「っは――はい! シャムロック様!」
力強い上官の言葉に、兵士達が沸き立つ。
シャムロックの周りに各部隊の長達が集まる。何か良い策はないかと見取り図を広げデグレア軍の状態を再び確認し始めた所で、ひとりの兵士が大声でシャムロックを呼んだ。
「どうした!?」
「た――隊長! あれを!」
見張り役のその兵士の下に駆け寄り、シャムロックは窓の外、彼が指差す方角に目をこらす。
今にも砦の城壁を蹴破りそうな勢いだったデグレア軍が、いつの間にかその陣を下げている。かわりに緑色をした一筋の煙が彼らの前方から立ち上っていた。
それを見てシャムロックは両目を大きく見開いた。
「あれは……!」
――緑の狼煙(のろし)。それは、休戦に関わる交渉を望んでいることを意味する。
「どういうことだ!?」
「奴らのことだ、罠に違いない!」
狼煙の色をとらえた兵士達の間に動揺が走る。さすがのシャムロックも、敵軍の真意を測りかね眉間の皺を深めた。
――これだけ優位な状況下にあって休戦交渉とは、一体どういうことだろう。
純粋にこれ以上の流血は無用と考えているのか、何かとんでもない交換条件を企んでいるのか――それともやはり、罠――なのか。
もし本当にあちらが休戦を望んでいるのなら、兵士達をこれ以上犠牲にしたくないと願うシャムロックにとっては願ってもない希望の糸である。しかし、それを単純に信じるほど彼とて愚かではない。
デグレアが何を考えているのか、シャムロックの頭の中で様々な可能性が交錯する。
どうしたものかと狼煙を見つめる。ひとり必死に考えをめぐらせていたシャムロックだったが、煙の先に見えた人影を認識してはっと息をのむ。目に飛び込んできたそれに、驚きのあまり彼は思考を投げ捨て窓枠の向こうへと身を大きく乗り出した。
風に揺れる狼煙の後ろに佇んでいたのは二人の人間。他の兵士達が全て後ろに下がっている中彼らだけ前に出ているということは、交渉のための使者なのだろう。
妙に身長差のあるその二人のうち、よく見ればひとりは人間ではなかった。
太陽の光を金属が鈍く照り返す――黒光りする身体を持ったそれの事は、シャムロックも聞き及んでいる。デグレア軍に所属する、ロレイラルの機械兵士。
そして、その横にいるのは――……?
それが誰なのか認識したシャムロックの思考がぶつりと寸断される。その光景に、怒りのあまり彼の守備隊長としての理性が音を立てて切れた。
機械兵士の隣。戦場に吹く風に髪をたなびかせているのは――なんと、少女。
この目で見たものが信じられなかった。
握り締めた拳が小刻みに震える。
何てことを……何てことをするのだ、デグレアは!
「――どこまで卑怯なんだ、彼らはっ……!」
次の瞬間。シャムロックは、部下が止めるのも聞かず砦の階段を駆け下りていた。
◆◆◆
「……さっきはありがとう、ゼル」
ローウェン砦の正門の前。背後にデグレア軍を控えたとゼルフィルドは、狼煙を上げてトライドラ側の反応を待つ。そんな中、風に揺れる煙を見上げながら呟かれた少女の言葉に、機械兵士はくるりと瞳を動かしてみせた。
「ナンノコトダ?」
「ほら――私の我侭に味方してくれたでしょう?
こうやって旅団員としての仕事が出来るのもね、あなたのおかげだから」
ゼルフィルドが後押ししてくれなかったら自分は今回も何ひとつ出来ないままだったと。そう言っては再び感謝の言葉を口にする。そんな彼女をゼルフィルドは不思議そうに見下ろした。
――ゼルフィルドにとって、イオスが召喚したこのという少女はまさに未知の領域だった。
遥かな昔、機界ロレイラルで戦争の道具として開発され戦っていた間は勿論のこと、リィンバウムでルヴァイドによって目覚めを与えられてからも常に軍の中に身を置いてきたゼルフィルドは、このような年頃の人間の娘と接した経験がない。 その存在、一挙一動がとにかく摩訶不思議で、桜色の唇が紡ぐ豊かな感情をゼルフィルドのプログラムはいまだにすんなりと理解することが出来ないのだ。
だから、今回も少女の台詞を頭の中で何度も反芻して、ゼルフィルドはその意味を模索した。
「……味方ナドトイウツモリハナカッタ。
タダ、オマエノ意見ガ一番良イ作戦ダト思ッタカラ、助力ヲ申シ出タマデダ」
幾ばくかの沈黙の末に告げられたのは、傍から聞けば時間が掛かった割には少々冷たいとも取れる返答。
けれどはにっこりと笑った。
ゼルフィルドが自分との会話の中でよく黙るのは、それだけ彼がの言葉を真剣に捉え、きちんとした返事を考えてくれているからなのだということを彼女はよく承知していた。だからこそ、嘘のないゼルフィルドの言葉がは好きなのだ。
――まだリィンバウムに来たばかりの頃。当時の彼女にとってはあまりに現実離れしていた(たとえば紅い瞳だとか)容姿を持つイオスやルヴァイドより、機械――元の世界で言えばそう、ロボット――のゼルフィルドの方が、よっぽどリアルで身近な存在に感じられた。突如放り込まれた異世界で、彼女の世界とほんの少しだけれど面影が重なる機械兵士には親しみを覚えたのだ。
それからというもの、ゼルフィルドはにとってちょっと特別な存在だった。自分とゼルフィルドとの間には、異世界からの召喚獣だということや、旅団の誰かを大切に想っていることなど――もっとも、ゼルフィルドとでは根底にある想いの理由が違うのだが――共通点が多い。どことなく立場が似ている者として、またゼルフィルドの口の堅さは何より信用できるものだったため、はイオスやルヴァイドには言えないような本音をこの機械兵士相手にだけは漏らすことがあった。
旅団の役に立ちたいと悩む自分の言葉に、ゼルフィルドはいつも真剣に耳を傾けてくれた。
そんな彼が今回こうやって自分を助けてくれたことが、はたまらなく嬉しかったのだ。
ゼルフィルドの瞳をじっと見つめて、はもう一度ありがとうと繰り返した。
「うん……。
でもね、私は嬉しかったんだ。
ゼルが私の提案を認めてくれたのも嬉しかったし、それを手伝うって言ってくれたのも嬉しかった――だからね、ありがとう」
ゼルフィルドのおかげで、はこうして大切な役目をもらうことが出来た。自分ひとりではおそらく通らなかったであろう彼女の願いは、ゼルフィルドの助けにより実現したのだ。どれだけありがとうと言っても言い足りない。
「何かがしたいって焦ってた私の気持ちを知っているあなたが一緒に来てくれたことがね、嬉しかったんだ」
そう言って微笑むに、ゼルフィルドは戸惑う。
――彼の言語中枢の中に、こんな時の為の言葉などプログラムされていない。けれど、確かに何かを言いたいと思うのだがやはり何と言ったら良いのかわからず、機械兵士の電脳は思考に行き詰った。
「自分ニハ、オマエガ思ッテイルヨウナ感情ヲ理解スル機能ガナイ……ダカラ、何ト答タラ良イノカ、ワカラナイ」
「……そんなことないよ」
ゼルフィルドはこうやってすぐ「機能がない」「わからない」と口にするが、彼がその固い身体の奥底にとても優しいものを秘めていることをは知っている。
しかし、ゼルフィルドが本当に困っているのがわかったので、はこれ以上言うのをやめた。
かわりにそっと、機械兵士の大きな指に自分の指をからめてみる。
「私……。
今度こそ、旅団の役に、たてるかな?」
触れた指と少し不安そうな面持ちになったを交互に見比べて、ゼルフィルドはわずかに首をかしげるような仕草をした。
今度は言うべき言葉はすぐにひらめいた。けれど、ぎこちなく……どこかすがるように握られたこの指をどうしたら良いのか、その答えが導き出せない。
やはりわからない、が結論になりかけていたゼルフィルドの脳裏に、ふと時折イオスが見せる行動が思い浮かんだ。
この少女が心細そうにしている時。あの特務隊隊長は、確か――……。
ややあって、機械兵士は少女が触れている指にほんの少し力を込める。
まさか握り返してもらえるとは思ってもみなくて目をまるくしたに、ゼルフィルドはこう言った。
「――オマエ次第、ダロウ?」
包まれた指とかけられた言葉は、の心に浮かんだ一瞬の不安をきれいに消し去ってくれる。
少女は、うん、と頷いた。
「そうだね。
ゼルフィルドとテテが一緒なんだもん、大丈夫だよね」
頑張るねと言って、は横にいるゼルフィルドと足元にいるテテ、それぞれに笑顔を見せる。
そんな少女に対し、テテはご主人様を励まそうとその足にぎゅうっと抱きつき、ゼルフィルドは力強く頷くことで答えを返してやるのだった。
◆◆◆
――風になびく狼煙を眺めて、どのくらいの時間がたっただろうか。
突然、それまで固く閉ざされていたローウェン砦の門が動いた。
重い鉄の扉が開く鈍い音に、ははっと顔をあげる。
「――来タ」
開かれた扉の向こうから出てきた人影にゼルフィルドが反応する。頷いたはぎゅっと両の拳を握り締めた。
姿を見せたのは白い鎧の騎士。後ろから駆け寄ってくる何人かの兵士達を振り切って、その男は単身砦の外へと飛び出してきた。
そのまま、彼は脇目もふらずまっすぐにこちらへと走ってくる。 次第に距離が近づき明らかになった騎士の表情にははっきりと怒りの色が見えて、その厳しさには思わずおののいた。
しかし、怖れを振り払うかのように少女はふるふると首を横に振る。
(怖がってる場合じゃないでしょう!
しっかりしなきゃ――ちゃんと話せば、絶対に大丈夫)
震える心に言い聞かせては騎士を見つめる。すでに、彼は声の届く距離までやって来ていた。
すう、と大きく息を吸い込んで背筋を伸ばす。決意を新たにしたは凛とした声でルヴァイドに教えられた台詞を口にした。
「ローウェン砦の方ですね?
デグレア軍総指揮官、ルヴァイドよりあなた方に――」
休戦の交渉を仰せつかって参りました……と言う筈だった少女の言葉は、しかし最後まで発せられることはなかった。
――それは本当に、一瞬の出来事。
今自分の身に起こった事が信じられなくて、は何度も目を瞬く。あんまり驚いて、まともに息すら出来なくなった。
(な、に?)
の口上に耳を傾けることもなく、ずんずんと距離を縮めたその騎士は。
あろうことか、いきなり彼女をまるで機械兵士から引き剥がすように――そして、庇うように――その胸に抱き寄せて。同時にゼルフィルドの喉元に長剣を突きつけ、こう叫んだのだった。
「――こんな少女を人質にとるなんて……
お前達はそれでも、騎士のはしくれか!」
(――え?)
この瞬間。確かにの思考は何もかも全て、止まった。
◆◆◆
――突然騎士の胸に強く抱きかかえられ、白い金属の鎧に痛いほど頬が押し付けられてもの思考はなかなか回復しなかった。あまりに予想外の展開に、目の前がぐらぐら揺れている。
まわる視界の向こう、長剣を突きつけられたと同時に騎士の眉間に照準を合わせていたゼルフィルドの腕の隙間から、馴染みの旅団員達に数人がかりで取り押さえられているイオスの姿が見えた。
どうやら、彼はこちらに来ようともがいているらしい。必死に何かを叫んでいるその声までは聞こえなかったけれど、大騒ぎになっていることだけはわかった。
――騒ぎの原因は、何だろう。
気配を感じて、そのままぎこちなく視線を足元にずらせば、こちらではテテが自分を抱えている騎士の足を真っ赤な顔をして何度も叩いていた。何だかものすごく怒っているらしい。
――どうして?
ゆっくりと、は自分が置かれた状況を思い返してみた。
なんだろう。
この、騒ぎの原因は。
(……あれ?)
もしかして。
――自分?
(しょうじょ、を、
……ひとじち?)
先程耳を貫いた騎士の言葉が、真っ白になっていたの頭にひとつずつ浮かび上がっていく。ようやくそれが文章として意味を成すと、焦点すら定まらなかった彼女の瞳が理性の色を取り戻した。
(ひょっとして……
このひと、私がデグレアに人質にされてるって、勘違いしてるの!?)
自分がそうそう軍属とは見られないことくらい、にも自覚がある。それでも今回は今までのような単に黒いだけの服装ではなくちゃんと軍服を着ているから大丈夫だろうと思っていたのだが、基本的に女性軍人のいないデグレア軍に――レイム直属の部下ということで、ビーニャが初の「例外」だったのだ――少女用の軍服など無い。 だからこれも、実はデグレア城の女官達が特別に(どちらかというと彼女達の趣味で)作ってくれた非公式のものだったりする。
……となればやはり、このなりでは兵士と認められなかったということか。
兵士に見られなければ、自分はただの「少女」でしかない。
そんな自分が、機械兵士と一緒に緑の狼煙などあげたりしていたから。
――もしかして、デグレアが自分を盾に交渉を強要しているとでも――思われたのだろうか。
(ど、どうしよう!)
まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。慌てて否定しようと顔を上げたに対し、間髪いれず騎士の怒鳴り声が降り注いだ。
「貴女も貴女です! こういう事態を避けるために女性達は本国に帰したのに……命令を無視して近くにいましたね!?」
実際、シャムロックが帰国を命じてからも何人かの女性達はひそかに砦近くの樵小屋などに身を潜めていた。残る男たちの身を案ずるがゆえの行動だったのだが、戦に巻き込まれたら大変なことになる。
そんな彼女達を、砦の守備隊長としてシャムロックは厳しく叱り、兵士達が心置きなく戦うためにも国に戻ってくれと言い聞かせた。
あの時、彼女達は確かにわかってくれたと思ったのに――まさかまだ、残っている者がいたなんて!
こうなることがわかっていたからこそ厳しく言いつけたのにと、シャムロックはきつく唇を噛み締めた。
しかし起こってしまったものは仕方が無い。少女を叱る以上に今やらねばならないことは、この恥知らずなデグレア兵を退けることだ。
思い切り怒鳴られ呆然としている少女から顔をあげると、シャムロックは再びゼルフィルドを睨みつけた。
「いくら敵国の民とはいえ、相手は女性だ! 恥を知れ!
たとえお前のその銃口がここで火を噴くことになろうと、我々トライドラの騎士は少女を盾に取るような卑怯な交渉には決して応じな――」
「ちっ、違うんですっ!」
突然下から聞こえた叫び声に、シャムロックは驚き言葉を止める。
「え?」
視線を落とせば、左腕に抱え込んでいた少女が必死の形相で自分を見上げていた。
目が合うと、少女はまた違うんですと繰り返して首を横に振る。一体何が違うというのか、シャムロックにはわからなかった。少女の態度に困惑する。
「何を……」
「わっ、私は! 私はデグレア兵ですっ!」
「………は?」
緊迫しきっていた空気にあまりに似つかわしくない、ひどく間抜けな声が出た。
怒りをあらわにしていた騎士の鳶色の瞳が大きく見開かれる。今度は彼が思考を停止させられる番だった。
あっけにとられた騎士が言葉を失っている間に、今だとばかりは一気にまくしたてた。
「私はデグレア軍内黒の旅団所属看護兵、と申しますっ!
総指揮官から言い付かって、ローウェン砦守備隊長様に休戦の交渉をお願いに参りました!」
ひといきにそう叫んで、はぜえぜえと肩で息をする。
とりあえず、言うべきことは全て言った。これで騎士の誤解も解けるだろう。
――それで、この後どうなるのか……いまだにきつく抱きしめられたままの状態に果てしない不安を覚えたはおそるおそる騎士の様子を窺う。ぴたりと動きを止めてしまったその騎士は、まるで珍獣でも見るかのような目つきでを見下ろしていた。
「ロ……ローウェン砦守備隊長……は、この私……です、が……」
「ええっ!?」
騎士の呟きに驚いたが素っ頓狂な叫びをあげる。
よもやいきなり、交渉すべき張本人とこんな形で顔を合わすはめになろうとは。というか、守備隊長自らが勘違いした上に単身飛び出してくるなんてまさかそんな……。
お互い混乱の極みに立たされ、相手の顔をまじまじと見つめてしまう。
しかし、どうやら混乱の度合いはシャムロックの方が少々上だったらしい。
「私が、守備隊長シャムロック……です。
――デグレア兵? ……貴女が?」
己の腕の中で硬直している少女を、不躾ながらもシャムロックは上から下まで食い入るようにじっくりと見てしまう。
年の頃十六、七といったところだろうか。とても兵士とは思えない、華奢な身体。幼さの残るあどけない顔立ち。
けれど、言われてみればその襟元には確かに――デグレア軍内でも精鋭である特務部隊所属者のみに与えられると以前何かの資料で読んだ記憶のある、金十字の紋章が輝いていた。
(……こんな、女の子が?)
まさか。
「――デグレア兵?」
馬鹿みたいに繰り返されるシャムロックの問いかけにはただこくこくと頷く。
茫然自失といった様子で自分の顔を見つめたままいまだに離してくれない騎士に対し、どうしたらいいのかわからなくなった彼女はとりあえずちょっと愛想笑いでもしてみようとして――
……さすがに頬が、引きつった。