call my name
ちゃん、おはよう!」
「おはようございますー」
「あ、スープ配るんだろ?手伝う手伝う」
「ありがとうございますー」

 むさくるしい男達の中を、白いエプロンをつけた小柄な少女がにこにこ微笑みながらくるくると動いてゆく。

「あ、これ、キノコ……」
「はい。昨日アルさんが採ってくれたのを使ってみたんです。
お口に合いますか?」
「うん、うまいうまい!
よし、また見かけたら採ってくるからな!」
「はいっ!」

 むさくるしいけれど、それはなんともほのぼのとした食事風景。
 ――これが本当にデグレア精鋭部隊の面々なのだろうかと、特務隊隊長・イオスは大きく大きくため息をついた。

 ――が黒の旅団に迎えられてから一週間が経とうとしていた。
第3夜 応えたのは、私
「……ゼルフィルド。
何、お前まで手伝っているんだ…… 」

 何故かこちらもエプロンをつけて朝食のトレイを運んでいる馴染みの機械兵士をイオスが心底不機嫌そうに睨んだ。

ヒトリデハ、給仕ヲスルノニ時間ガカカル。
自分ハ朝シゴトガナイカラ、手伝ッテイルマデダ」
「……じゃあ、そのエプロンは何だ」
「何モツケナイママデハ衛生上悪イトガ言ッテイタ。
安心シロ、手モアラッテイル。 給仕ヲスル者ハキチント手ヲ洗ウ必要ガアルトカラ学ンダ」

 ……手を洗う??

 少女と機械兵士がエプロンの紐を結び合ったり仲良く手を洗ったりしている姿を想像して、頭痛を覚えたイオスは再び大きなため息をついた。

「……あの、イオスさん。美味しくないですか?」

いつの間にそばに来ていたのだろう、ため息をついているイオスの顔をが心配そうに覗き込む。

「え!? あ、いや、そんなことはないが……」

「そうですか、よかったです。
ゼル、お手伝いありがとうね」
「気ニスルコトハナイ」

 イオスの言葉に嬉しそうに微笑むと、はゼルフィルドから空になったトレイを受け取って再び給仕場所へと戻っていった。

「……笑ウヨウニ、ナッタ」
「…………ああ」

 食事を配りながら旅団員達となにやら楽しそうに言葉を交わしているの姿を、イオスはどこか遠いものでも見るかのような目つきで見つめていた。

 胸に、何かひっかかるものを感じながら。


 ルヴァイドに黒の旅団員として認められ、一般兵士達にも紹介されてからは、出会った夜が嘘のようには明るい表情をみせるようになった。
 養ってもらうのだから自分も働かなくてはと言い出し、進んで食事当番や洗濯係を受け持つようになり。
 それまで男所帯ゆえに携帯食料ばかりで済ませていた旅団員達にの手料理は大層好評で、いつのまにやら彼女はすっかり旅団に溶け込んでいる。
 ゼルフィルドとさえ、何故か愛称で呼ぶほどの仲になっており。

 ころさないで、と泣いて怯えていた少女と本当に同一人物なのだろうかとイオスは時折疑問に思ってしまう。
 ――もっとも、あの時が異常だっただけで、今が本来の彼女の姿なのだろうが……。

「しかしなぁ、隊長がメイトルパからオンナノコ召喚したっていうから、ネコミミの子でも来たのかと思ってたよ 」
「あ、思った思った!
あの隊長がネコミミ連れて歩くのか!? とか想像してもうどうしようかと……」
「でもちゃん、ちまっこくて可愛くて、ほんとネコミミついててもおかしくないような……」
「――お前達! 無駄話してないでとっとと食え!
さっさと訓練始めないか―――!!」

 おそらくこちらの会話を聞いていたのであろう、顔を真っ赤にして怒鳴る特務隊隊長に、旅団員達は慌てて手元の食事をかきこんだ。





◆◆◆





「踏みこみが甘い! もっと腰を落として!」

 ガン!と木の棒がぶつかり合う音が響く。

 ――ルヴァイドに出された条件……身を守る術を学ぶこと。
 何の武器が良いかと聞いた時、ずらりと並べられた武器を前にしばらく考え込んだが口にしたのは、槍……だった。
 細身の軽いものを選べば、リーチの長さを生かして接近戦を避けられるぶん護身術としては適しているだろう、というルヴァイドのお墨付きももらい、イオスは空いた時間を見つけては彼女に槍の扱い方を教えていた。
 それまで戦闘訓練など受けたことのない、しかも少女であるはやはり力がなく、とても実戦で敵を貫くようなことは出来そうになかったが、それでもイオスの教えを忠実に飲みこんでいくため、あくまで「護身術」として割り切れば思いのほか上達は早い。

「――よし、今日はここまでにしよう。」
「は……い。ありがとうございまし……た。」

 はぁはぁと肩で息をしながらが頭を下げる。

「すみません……イオスさん忙しいのに、いつも時間取らせてしまって」
「いや、君が謝ることはないだろう?
それには筋がいい。教えてるこっちも結構楽しませてもらってるから」

 そうですか、と、イオスの言葉には嬉しそうに微笑んだ。

 ――笑顔。

(……まただ……)

 イオスは再び、胸に何かひっかかるものを感じていた。
 朝もそうだった。彼女の笑顔を見るたびに湧き上がるこの感情。

 ……これは……。

「それじゃ、夕食の準備があるので失礼しますね。
ありがとうございました」

 再びぺこりと頭を下げて、は調理場へと走っていく。

「……ありがとう、か……」

 駆けてゆくの後姿を見つめるイオスの瞳がどこか面白くなさそうに細められた。






◆◆◆






はすっかりここに馴染んだようだな」

 本国へ送る書類を作成しながらルヴァイドがつぶやく。
 傍らで同じく書き物をしていたイオスがええ、と返事をした。

「もう旅団メンバーの名前も覚えてしまったようで。
――あんなに明るい娘だとは思っていませんでした」

 何やら不満げなイオスの声に、ルヴァイドがふっと笑った。

「――まぁ、いささか旅団内が明るすぎる気もするが……士気が上がるのは良いことだ。
レルムの村以来、決して良い状態だとは言えなかったからな……」

 それに関しては思うところがあるのか、イオスも黙って頷いた。

 ――レルム村。当初は聖女の捕獲のみだった筈が、直前になって「村人皆殺し」という伝令が届いた。

  どれほど納得できない任務内容であろうと、デグレアの騎士である自分達にそれを拒否する権利はない。
 だがしかし、口にしなくてもあれは旅団全員にとって大きな疑問と後悔の残る任務だった。

 ――そんな中、イオスが喚んでしまった異世界の少女

 あの忌まわしい任務と入れ替わりに現れたこの無力な少女を庇護することで、あの夜の贖罪に代えようとしている……。
 旅団員達にとって、の存在があの村人達への罪滅ぼしの対象となっていることにイオスは気付いていた。

 そしてそれは、おそらく……―――。

「……お前も、そうなのだろう?」

 まるで自分の考えを見透かしたかのようなルヴァイドの問いに、驚いたイオスが目を見開いた。

「あの日、お前がに手をついて謝ったのには俺も驚かされた」

 初めて見たからな、と笑うルヴァイドにイオスは顔を赤らめてうつむいた。
 ――あの時は気が動転していた。必死だった。
 に対する謝罪の念と、村人達への謝罪の念。
 頭を下げて許しを願ったあの時、 確かに自分はの向こうに多くの村人達の姿を見ていたのだ――。

「……安心しろ。俺もだ。」

 ふいに告げられた言葉に、イオスははっと顔を上げる。
 どこか自嘲気味な笑いを浮かべてルヴァイドが言った。

「……本来なら、あの状況を見たを生かしておくのは得策とはいえない」

 それでも、自ら彼女がここにいることを認めてしまったのだから。

「……我ながら、愚かだと思う」

 ルヴァイドの言葉を聞きながら、イオスは何も言わずに目を伏せた。