call my name
 それは、まだデグレアを発つ前のこと。


「――大絶壁を挟んで北と南では、信じられないほどに土壌の質が違うのだ。
いつからかデグレアは崖の北、トライドラは南とその場所が位置付けられるようになったが……本当はそれも両者が正式に合意したものではない。かといって、そう簡単には双方の言い分が合致しないので、未だ正式な国境を定めることも出来ない。
だから、豊穣をもたらす土地をめぐって、デグレアとトライドラは昔から諍いが絶えないのだ」

  国土欲と国のプライドとが複雑に絡まり合った結果が、この戦い。


  ――聖王国に属し、豊かな土地を余らせているトライドラに、デグレアが負けることは許されない――。


  どうしてトライドラと戦争になってしまったのですか、と。おっかなびっくり尋ねたに対し、ルヴァイドは静かな声でこう言った。
  ルヴァイドの厳しい表情に畏縮してしまった少女の頭をポンと撫でて、イオスが言葉を引き継ぐ。

「ここ数年はトライドラとの間に大きな戦いはなかったんだが、水面下では色々と衝突があったらしくてね。これを機に一度徹底的に叩けと命令が下ったんだよ。
元老院にとっては面子とか色々あるんだろうけど……まあ、ローウェン砦辺りの土地を手に入れられれば、国境付近の村は冬を越すのがかなり楽になる。 その為に戦うって考えればいいかな?」

  わかるか? と問われれば、は頷くしかない。
  彼女が肯定してくれたことが嬉しかったのか、イオスは上機嫌になる。

「本来、僕達軍人は国を護ったりこういう戦いをするのが仕事だからな。
最近はちょっと不本意な任務が多すぎただけに……久しぶりに本業に戻れた気分だよ」
「そうそう! 本当の俺らの戦い方、ちゃんと見ててくれよな、ちゃん!」
「ついでにプラーマとかよろしくな!」

  いきなり話に加わってきたかと思えば調子のいいことを言う部下達のすねを、眉間に皺を寄せたイオスが槍の柄でぴしゃりと打った。

「いッ!? ――な、何するんですかイオス隊長ッ!」
「煩いこの馬鹿共がっ!
いいか、は絶対絶対前線には出さないんだ! お前らのへっぽこな戦いぶりなんて見るわけないだろうが!
だいたい僕はが一緒に行くことにまだ賛成したわけじゃ……!」
「……落ち着けイオス。それはもう何度も話し合ったことだろうが。
でもまあ今回のトライドラ戦では……そうだな、にリプシー以上の召喚術を使わせた者は給金無しの刑だ」

  そんな軟弱者は旅団に必要ない、とあっさり言い切った総指揮官に、居合わせた旅団員達の顔から一斉に血の気が引く。

  ――そりゃちょっと、厳しすぎないか? と。

  あんまり皆が情けない顔をしているので、悪いなあと思いつつもは笑い出してしまう。
  彼女の笑みにつられるように、イオスやルヴァイド、旅団員達、そしてきっと黙って隅に控えているゼルフィルドにも――広がっていく笑顔の輪。

  それはとても和やかな光景で幸せな時間で。この時は確かに、皆が「戦えることを喜んでいる」ことがただ「嬉しかった」のだ。
  皆があんまり無邪気に喜んでいるから。だからは、戦いに赴く前に解決しなければならなかった筈の、とても大切なことから目を逸らしてしまった。


  ――ふとした瞬間に湧き上がる疑問。

  誰かを殺してまで、命を奪ってまで、何故戦う必要があるのかということ……。
の生きてきた世界、21世紀の日本では、殺人は何より犯してはならないタブーだった。別に誰かに教えられたわけでもなく、それは生まれたその瞬間から身についているといっても過言ではないであろう、「絶対の常識」だ。
  自分で誰かを殺したいと思ったこともなければ、殺されかけたこともない。だからブラウン管の向こうでニュースキャスターが報じる殺人事件も、「可哀想」「許せない」とは思うけれどどこか遠い世界の出来事――自分には関係の無いもの――だったし、海の向こうで続いている戦争も、ただ漠然と「終わって欲しい」と思うだけで、正直なところその全てが理解できなかった。

  そんなの思考回路が殺人に対して導き出す答えは、やはり、「ノー」。
  けれど、それでは駄目なのだ。黒の旅団員でいたいと願うのならば、そんな半端な答えは許されない。
  別にリィンバウムにだって「人を殺してはいけない」「傷つけてはいけない」という常識はある。イオス達だって何もやみくもに戦っている訳ではない。

  では何故、何を理由として、彼等は戦うのだろう? 何を後ろ盾にすれば、命を奪うことが許されるのだろうか?

  召喚時のレルムや街道での戦い、スルゼン砦の時とは違い、今回は戦うということに対して前もってじっくり考える時間があった。トライドラ戦を前に日々浮き足立っていく――闘志をみなぎらせる、と言った方が正しいのだろうが――デグレア軍を前に、は召喚以来曖昧にし続けてきたこの疑問に終止符を打とうと必死に考え、本を読み、そしてとうとうルヴァイドに問いを投げたのだ。

  だが、ルヴァイドの答えもイオスの言葉も、何となく理解できる部分はあるものの、やはり人を殺めてよい理由になるとは思えなかった。


  けれど――これ以上はもう、聞くことは出来なかった。


  聞いたら、自分と彼等の価値観の差を明らかにしてしまうから。はそれが怖かった。

  ここは、異世界。自分がいたあの生ぬるい世界とは違う。
  彼等に近づきたいから。おいていかれたくないから。
  自分を護って、助けて、一緒に笑ってくれる、優しい人たち。そんな彼等が間違っている筈はない。この世界においては、おかしいのはきっとこんなことを考える自分の方なのだ。
  彼等がやろうとしている戦いは、自分が考えているような人殺しではなく、正しいことなのだと信じて、早く楽になりたかった。

  トライドラと戦えることを喜んでいる皆の姿は、そんなの迷える心を後押ししてくれたのだ。

  皆が受け入れる戦い。イオスがいっそう日々の訓練に打ち込むほど待ち望んでいる戦い。だから、これから起こる戦争は正しいことなのだと――……。
  彼等が望む勝利を手にするために、何でもいい、役に立ちたいと、そう願った。実際、そう考えた途端に心を支配していた迷いは嘘のように消え去ったのだ。


  ――けれど。


  戦いへの疑問をイオス達の姿に無理矢理溶け込ませて押し付けて肯定して……そんな付け焼刃な覚悟で戦場に飛び込んだその結果、


  ――自分は、いくつもの取り返しのつかない罪を犯したのだ。






◆◆◆





  やわらかい何かとしめった何かが頬に押し付けられる感触に、はゆっくりと瞼を開けた。

(……あれ……。
私・・・…)

  目に映るのは丸太の天井。昨夜、苦しむシャムロックとテテを前に自責の念にかられて何度も祈るように見上げた樵小屋の天井だ。そこにある粗末なベッドに自分は寝かされていた。
  どうして、と口にしかけて、気付く。
  そういえば――シャムロックを責めるイオスを止めようとして、謝らなきゃと思って、胸が苦しくて息が出来なくなって――そこからの記憶が、ない。

(倒れちゃったのかな……)

  けだるい身体を持て余しながら、横になったままで視線をずらす。すると、枕元では護衛獣がエメラルドグリーンの瞳から大粒の涙をぽろぽろとこぼしながらに頬ずりをしていた。

  ――ああ。
  昨夜、幾度呼びかけても眠ったまま目を開けてくれなかった子が、いつの間にか動いている……!

「……テテ?」

  名前を呼ぶと、テテは一度びっくりしたように全身の動きを止め、目を覚ましたを見つめてぱちぱちと瞬きをする。それから、再び顔をくしゃくしゃにゆがめて泣き出した。

「テテ、目、覚めたんだね。……よかった」
の首にぎゅっとしがみつき泣き続けるテテ。その下半身には白い包帯が幾重にも巻きつけられていてなんとも痛々しい。
  テテがこうして意識を取り戻してくれたことは嬉しいけれど、テテにとんでもない怪我を負わせてしまったことを思い出して、は津波のように押し寄せた悲しみと後悔で胸を塞がれた。

「テテ……泣いちゃだめだよ。
傷によくないよ……」
がそっと諌めても、テテはただ首を横に振って泣き続ける。

「テテ。
……テテ、生きてるよ、ね……?」

  確かめるようには呟く。
を護ろうとして、ビーニャの魔手に傷つけられたテテ。
  どれだけ痛かったことだろう。どれだけ怖かったことだろう。
  それでもテテは、のために、小さな身体で必死に頑張ってくれたのだ。
  後先考えずにとった自分の浅はかな行動のせいで、この優しい子に辛い思いをさせてしまったことが、は申し訳なくて仕方がなかった。

「ごめんね。
ごめんね、ごめんね……テテ……」

  涙声でそう言って、は護衛獣のまるい身体を胸に抱きしめた。
  とまらないテテの涙が少女の胸元を滑り落ちる。

  あたたかい涙。それは、テテが生きているという確かな証だ。

  あんな目にあってもそれでも、こうして自分を心配して慕って泣いてくれるテテが、はどうしようもなく愛おしくて――この子を再び抱きしめられる幸せを、何かにひれ伏したいほど感謝したい気持ちで一杯だった。

 
「……
気分はどうだ?」

  ふいに頭上から降り注いだ言葉に、はテテの頭に押し付けていた顔を上げる。とテテが横たわるベッドの脇には、心配そうにこちらを伺うルヴァイドとイオスがいた。

「……ルヴァイドさま、イオスさん……」
「どこか痛むところやおかしなところはないか?」
「え?
あ、は、はい。もう、大丈夫です」

  寝乱れたの髪を撫で付けながらルヴァイドが優しく問う。少女のしっかりとした答えに満足したのか、ルヴァイドは深く頷いた。

「そうか。
……あまり、無理をするな」
「はい。
あの ……ごめん、なさい……」
「……謝る必要はないだろう?」

  こんな状態になってもなお謝ってしまう少女の悪い癖に苦笑いしながら、ルヴァイドは幼子をあやすようにもう一度の頭を撫でた。

「――それでは、俺は陣営に戻る。
後は任せるが――イオス、くれぐれも迂闊な行動は慎むように」

  戦後の後処理はまだ山のように残っている。総指揮官という立場にいるルヴァイドがあまり本陣を離れるわけにはいかないのだ。
  この少女のことになるとどうにも冷静さを欠く部下に特務隊隊長としての自覚を忘れるなと釘を刺し、ルヴァイドは樵小屋から出て行った。
  ルヴァイドを見送ってから、は黙って立ったままのイオスに視線を移した。

「イオスさん、あの……」
「……すまないな。
本当はここじゃなくて、本陣の君のテントで休ませてやりたいんだが……。
君が倒れたって知ったら、皆心配するから……」

  昨日繰り広げられた血の粛清により、勝利を収めたとはいえデグレア兵は今とても不安定な精神状態にある。
  皆が可愛がり、ひそかに心の支えにしているこの少女が体調を崩したと知れたら動揺はさらに広がるだろう。イオス自身がそうしてしまったように、シャムロックへの憎悪をあからさまにする者が出ないとも限らない。
  混乱を避けるため、イオスとルヴァイドは仕方なく、とりあえず少女をこの樵小屋で――テテが寝かされていたベッドで護衛獣と一緒に――休ませることにしたのだった。

「気分が良くなって歩けるようになったら、自分のテントに戻るといい。
ここでは、その、落ち着いて休めないだろうから……」

  言い難そうにそう告げて、イオスはちらりと背後に視線を送る。
がイオスの目の動きを追いかけると、そこにはもうひとつのベッドの端に腰掛けているシャムロックの姿があった。
  気配を殺し、どこかうなだれたようなその様子に、は目を瞬く。ややあって、彼女はゆっくりと身体を起こした。

「イオスさん。私、どのくらい眠っていましたか?」
「え?
いや、そんなに時間は経っていない。あれから半時くらいかな……」
「そうですか……じゃあ、もうお昼近いですよね?」

  時間を確かめた彼女は、イオスの肩越しに見えるシャムロックへと瞳を向けた。

「……シャムロックさん……あの、大丈夫ですか?
そろそろお薬切れて、傷が痛いでしょう?
ごめんなさい、すぐに新しい痛み止めを持ってきますから……」

  そう言って血の気のない顔色でほんの少しだけ笑い、少女はベッドから立ち上がる。
  彼女の言葉に、イオスも、はっと顔を上げたシャムロックも絶句する。イオスは少女を諌めようと言葉を探し、シャムロックは耐えられないとでも言うように頭を抱えた。

「い、いい加減にして下さい……っ!」

  先に口を開いたのはシャムロックだった。
  髪をぐしゃりと掻き毟り、彼は立ち上がった少女へと顔を向ける。その表情は苛立ちを通り越してもはや疲れきっていた。

「もう――もうやめて下さい、こんなことは!
私を生かした貴女方の真意は先程ルヴァイド殿から聞きました。
……納得は出来ませんが、それでも一応理解はしたつもりです。
さっき貴女に当たってしまったことは謝ります。だからもう、こんなことはやめて下さい……!」

  悲痛な声でそう吐き捨てたシャムロックに、の瞳が戸惑いで揺れた。

「……デグレア兵である私に看病されるのは嫌かもしれませんが……。
でも、傷、痛いでしょう? せめてお薬だけは……」

  飲んでくれませんか、と言いかけた少女の言葉は、ボスンと鈍い音をたててベッドに打ちつけられたシャムロックの拳により遮られた。
  あまりの気迫にははっと息をのむ。
  肩を強張らせた少女をまっすぐに見据えて、シャムロックはとうとう声を荒げた。

「だから――だからそうではなくてっ!
大丈夫ですかって、それはこっちの科白ですよ!
いいですか、貴女は倒れたんですよ!? 他人(ひと)のことを気にしている場合ではないでしょう!?」


  ――私と貴女は敵同士なんです。
  どこの世界に、自分が倒れてまで敵の為に尽くす人間がいますか――!


  シャムロックの叫びが樵小屋の中に響く。
  しばらくの間驚いたように目をまるくしていただったが、幾ばくかの沈黙の後、彼女は重く閉ざしていた唇を開いた。

「――じゃあ…・・・。
そんな人間はいないって言うのなら、じゃあどうしてシャムロックさんは、あの時私を庇ってくれたんですか?
最初に敵の為に身を投げ出したのは、シャムロックさん……あなたの方、でしょう?」

  あなたの言うとおり、敵同志なのに。あなたこそどうして、と。
  思いかけず問いかけをそのまま返されて、シャムロックは言葉に詰まった。
  無意識のうちに、一度ほどいたもののどうしたらいいかわからず拾い上げてしまっていた、あの黒いリボンを握る手に力がこもる。

  ――彼とて、答えられないのだ。
  何故なら、あれは。あの時は――……。

「そ、それは……!
あ、あの時はっ! 貴女が我々を助けようとして、あの女に殺されかけていたから……!
そんな人を――み、見殺しになんて出来ないじゃないですか!
だから、だから私は、思わずっ――!」

  そう。あの砦での行動に明確な答えなんてないのだ。

  目の前で、女の子がひとり、殺されようとしていた。
  彼女は、自分達のために泣いてくれた娘だった。
  最初は同朋のために。次はシャムロックがぶつけてしまった言葉のせいで傷つき涙を流した少女。
  傷ついたまま死んで欲しくないと思った。信じますと、貴女が悪いのではないと言ってあげたかった。

  シャムロックは、騎士だ。その身と剣をもって何かを護ることが生きる理由だ。だから、護らなければと思った。もうこの少女しか残されていないのだと思った。
  そして、その前にひとりの人間として――ただ、助けたいと思った。

  理不尽に命を奪われようとしている者を前にした場合の、それは人としての本能。願い。
  理由はただ、それだけのこと――……。


「……私も、同じです。
シャムロックさんは私なんかのつたない言葉を信じてくれて、一騎打ちに応じてくれました。
あんなことがあったのに、それでも私を庇ってくれました。
そんな人を放り出すなんて出来ません。
もう敵とか味方とかそういう問題ではなくて……ひとりの人間として、自分を助けてくれた人を助けたいって……ただそれだけ、なんです…・・・」

  震える手でぎゅっとスカートの裾を握り締めながら、少女は必死に訴える。

「こんな考えは――甘いですか? 許されませんか? ……迷惑、ですか?」

  泣くまいと歯をくいしばり、はシャムロックの瞳を見つめた。
  シャムロックが何と言っても、憎まれても嫌われても、それでも治療だけはやめるつもりはない。譲れないのだ、これだけは。

  彼を助けること。それが、罪深い自分に残された唯一の――!


  散々傷ついて身も心もぼろぼろになって、泣き出しそうな瞳をして、それでも泣かずにまっすぐに己をとらえる黒い瞳を前に、シャムロックはとうとう頭(こうべ)を垂れた。

  さまざまな想いをこめて。重く重く、彼は息を吐く。

  人として、と彼女は言った。
  自分もこの敵国の少女も、抱く理由は結局、同じということか――……。


「……貴女も、私も。
おそらく、どうしようもなく、軍人としては、甘いのでしょうね……」

  いくらかの諦めも混ざったその言葉。
  それでもは、シャムロックが自分の想いを受け入れてくれたのだと、そう確信した。

「……ごめんなさい。
……ごめんなさい……ありがとう、ございます……!」

  ベッドに腰掛けたまま肩を落とすシャムロックに頭を下げる


  そんな彼女の姿を、イオスはまるで幽霊でもみているかのような虚ろな瞳で眺めていた。


  ――敵も味方も関係ない。人として、助けたい――。
の、そして敵将である男のこの言葉が、イオスの心を強く打ちのめしていた。

(一体何を言っているんだ……この二人は……)

  最初に胸に浮かんだのは、ただ、信じられないという感情だった。
  ―― 一時の感情に流されて互いを庇い合ってしまった彼等の行為は、イオスからみればとてつもなく愚かだ。 生きるか死ぬかの戦場において、いちいちそんな想いにとらわれていたら命がいくつあっても足りないと思う。

  けれど、必死にシャムロックにすがりつくの混じりけのない純粋な瞳を見て、イオスは思った。

  ――それは、勝利を求める上では誤りであっても、騎士として――そして彼等の言うとおり「人」としては、ごく自然で当たり前のことなのかもしれない、と。

  だが。漠然とそう感じることは出来ても、イオスはどうしてもそれを素直に受け入れることが出来ない。
  イオスが今までくぐり抜けてきた戦場は、そんな綺麗事が通用するような世界ではなかったからだ。とてもじゃないが、人として、とか、そんなことを考える余裕はなかった。いつだって、自分が生き抜き、任務をこなして旅団の存在を保つことだけで必死だったのだ。

  だからこそ、五年前のあの時や、火のレルムすら、自分は……自分達は、乗り越えてきた。

  ――騎士の心。人の心。
  同じ状況に陥った時、果たして自分に彼等のような行動が出来るのか――。

  ……答えは否、だろう。


  シャムロックとにあって、自分にはない何かが存在するという事実。
  それは、イオスの心を吹き抜ける哀しいすきま風となって、ひとり取り残されてしまった彼を冷たく、つめたく苛んだ。