「よ、ちゃん。隊長とデートに行くんだって?」
「……はい??」
思いがけない言葉にぽかんとする。
次の瞬間、に話し掛けていた旅団員の頭を特務隊隊長がぶん殴った。
――容赦なく。
第4夜 つなぐもの
「ゼラム……?」
「ああ。ここから二時間くらいの距離なんだが。
ここ、中央エルバレスタ地方で最も栄えている都……聖王都だよ」
野営地の馬小屋の前。イオスの話にはふうん、と頷いた。
に話をしながらイオスは馬の様子を見ている。
あ、そうかと。はあることに思い当たった。
「イオスさん、今からその『ゼラム』に行かれるんですね。お気をつけて」
ぺこりと頭を下げるをクスクス笑うとイオスが言った。
「何言ってるんだ、君も行くんだよ」
「……え?」
なんでだろう? と首をかしげるの頭をイオスがいつものようにポンと叩いた。
「遅くなってしまったけど、君の身の周りのものをそろえなきゃと思ってね。
服とか、困ってるだろう?」
イオスの言葉に、はあっと小さな声を上げた。
旅団で生活するようになってから、はイオスや旅団員の中でも小柄な者の服を借りて生活していた。
しかしそれも限界に近かったのが本音。
――イオスにはとても言えないが、下着も欲しかった。
「でも私、お金……」
「大丈夫だ、ちゃんとあるから」
そう言ってイオスは布袋を見せる。
じゃりん、と金属のぶつかり合う音が響いた。
「でも、それは……」
――私のお金じゃない、と言いかけたをイオスが制する。
「これは、君のお金だよ?」
「え? な、なんでですか?」
「毎日3回の食事の用意に洗濯。医療班の手伝い。
黒の旅団の一員として働いている君への正当な報酬だ」
でも……と言いかけたの頭を再びイオスが軽く小突いた。
「ほら、行くよ?」
「……はい」
色々思うところはあるが、困っているのは事実だ。
は、素直に甘えさせてもらうことに決めた。
「……。まだ目開けられないの?」
頭上でなにやらイオスが笑っているらしいが、今のにそんなことに構っている余裕はない。
「君には乗馬も教えないといけないなぁ」
きつく瞳を閉じて自分にしがみついているを見やって、イオスは楽しくてしょうがないといった声で笑った。
ゼラムへの交通手段は馬。乗馬経験のないはおのずとイオスに抱きかかえられる形で同じ馬に乗るはめになったのだが、思いがけない高さとスピードに目を開けることすらできなかった。
最初はあまりにも近いイオスとの距離にどぎまぎしていたものの、恥じらいなどどこへやら、今では落ちないように落ちないようにと必死に彼にしがみついているのが精一杯。
「……まぁ、これも役得ってやつなのかな」
「イイイオスさん? なな何か言いました?」
「いや、何でもないよ」
相変わらず震えているを抱きかかえながら、イオスはフッと口許をほころばせた。
なんて和やかな時間なのだろうと彼は思う。
こんな時間は久しく忘れていた気がした。
――けれど、ゼラムの街並みが見えるにつれ、笑っていたイオスの表情にほんの少し、影が差した。
◆◆◆
「うわぁ……」
――すごいお屋敷ばっかり……。
映画で見た中世貴族の家とかがこんな感じだったなぁ、なんてことを思い出しながら、は辺りを見渡した。
ゼラムに着いてから馬を預けた後、先に寄りたい所があるんだと言われたイオスに着いていった先は、ひとめで豪華だとわかる屋敷ばかりが立ち並ぶ場所だった。
「ここは高級住宅街なんだよ。貴族や地位のある召喚師なんかが家を構えている」
イオスの説明にはなるほど、と頷いた。
「それで、イオスさん。どこかのお屋敷に御用なんですか?」
無邪気に聞いてくるに、イオスが少し眉をひそめた。
「……ああ、うん……ちょっと……」
何やら言いにくそうな雰囲気のイオスに、は不思議そうに首をかしげたものの、色々事情があるのだろうとひとり納得してそれきり追及するのはやめておいた。
しばらく住宅街を歩いた後、何度目かの曲がり角でイオスがぴたりと足をとめた。
「……? イオスさん?」
「……。悪いけど……」
何事だろうと同じく足を止めたの肩をイオスがぐいと引き寄せる。
「しばらくこうさせていてくれ」
「え……えぇっ!?」
突然間近に引き寄せられて、の顔が一気に紅く染まった。
「な、なんで……どうしたんですかっ……!?」
肩を抱く手の感触に狼狽するとは裏腹に、イオスはいたって冷静に告げる。
「――ごめん。あとで説明するから、しばらくおとなしくしててくれ……」
そう言うと、の肩を抱いたまま再び住宅街を歩き出した。
(――ど、どどどうしてっ……!?)
おとなしく、との言葉に素直に従ってイオスとともに歩くだったが、あまりの恥ずかしさに顔から火を吹きそうな気分だった。
(――なんで? なんで急に、こんなこと……)
とてもイオスの顔を見る勇気がなくてしばらくうつむいていただったが、肩を抱いたまま何も話さないイオスが不安になって、おそるおそる彼の様子を伺った。
そして気付く。イオスがある一軒の屋敷の庭先を厳しい目で見つめていることを。
周囲の屋敷に比べると少し小さめだが、白い壁が美しい家。
よく手入れされているであろう緑に彩られた庭では、数人の若者が、明るい笑顔を浮かべて何やら楽しそうに談笑していた。
「……イオス、さん……?」
返事はない。
急に抱き寄せられたこと。
けれどしている行為に反して厳しい瞳。
(……ああ、そうか……)
この行動の「答え」に思い当たって、はぎゅっと身を固くした。
◆◆◆
「すまなかったな……急にあんなことをして……」
高級住宅街を後にして。しばらく歩いた先に開けていた大きな公園のベンチに腰掛けると 、イオスはに頭を下げた。
「そんな……いいんです。気にしないで下さい」
さすがにちょっとびっくりしましたけどね、とは笑う。
「――で……ええと、偵察ってやつ……ですか?」
の言葉に驚いたイオスが目を大きく見開いた。
「どうしてそれを……」
「いえ……だってイオスさん、目が厳しかったから。
その……確かにああやってれば、偵察だとは、思われないでしょうしね……」
――この少女は、自分が思っているよりずいぶんと頭がきれるらしい。
ふう、とため息をつくと、もう一度イオスは謝罪を口にした。
「……君の言う通りだよ。説明もなしにすまなかった」
「――あの屋敷に逃げ込んでいる者を、僕達は追っているんだ」
ぽつり、ぽつりと話されるイオスの説明をはただ黙って聞いていた。
「あそこにいる……『聖女』の捕獲が旅団の任務なんだ。
君を喚び出してしまった時も、その任務の真っ最中だったんだよ」
――けれど取り逃がしてしまってね。
そう言うイオスの横顔は厳しい。
「本当は、君をこんな形で……利用するようなことはしたくなかったんだが……」
「いえ、それはいいんです。お役に立てたのなら嬉しいですから、気にしないで下さい」
えへへ、と笑うに、イオスは困ったような、複雑な表情で頷いた。
「えっと……もうお仕事は終わりなんですよね?
じゃあ、早くお買い物いきましょう?」
そう言って元気にベンチから腰を上げたを、イオスがえ、と引きとめた。
「……それ以上、聞かないのか?」
「何をですか?」
「何って……だから、どうして狙っているんだ、とか……。
疑問に、思わないのか? 」
イオスの言葉に、はうーん、と考え込む。
「……確かに……色々、不思議なことはあります。
少ししか見えなかったけれど……あの人たち、私とかとそんな年も変わらなさそうで。すごく楽しそうに笑ってて。
その、少なくとも……。悪い人、には、見えませんでしたから」
の言葉にイオスが唇をぎゅっと噛みしめた。
やはり、の瞳からみれば、自分達の方が間違っているように見えるのだろう。
そのまま黙ってしまったに、イオスが先を促した。
「遠慮しなくていい。……続けて。
正直な気持ちが聞きたいから……」
どうしたものかとイオスの顔色を伺っていたは、その言葉に困ったように瞳を曇らせた。
しばらく考え込むように口許に手をあててから、少女はゆっくりと言葉を紡いだ。
「……私はこの世界に来たばかりで、何も知りません。
元の世界の考え方というか……常識をそのまま当てはめるとしたら、……旅団のほうが、その、悪者っていう気も、しますけど……」
言いにくそうに、言葉を区切りながらそう口にして。
正直に、と言われたからとはいえ、自分のこの言葉がイオスを傷つけることはわかっていたから、はただ申し訳なくてじっと足元の地面を見つめた。
「でも……ね、イオスさん……」
「……?」
ややあって、ふいにに名を呼ばれたイオスが顔を上げた。
目の前には、何故かまるで自分を慈しむかのような微笑を浮かべるの姿があって、イオスの瞳に戸惑いの色が浮かんだ。
そんなイオスの赤紫の瞳をじっと見つめて、が静かな声で話し出す。
「イオスさん達には、イオスさん達の事情があって……やっていることなんでしょう?
意味もなくやっていることじゃない。
それを、何も知らない私が、私の常識に当てはめて善悪を判断するのは間違っているって思うんです。
――だから……私には、これ以上何も言うことはありません、よ」
……そうでしょう?と。
そう言って、は座ったままのイオスに笑いかけた。
変わらない笑顔。
「……ありがとう……」
しばらくの笑顔を見つめた後……イオスはそう小さくつぶやいた。
――あんな、ただひとりの少女を狙っているということ。
その為に、関係のない村人まで皆殺しにしたこと。
……自分ですら、己の行動に疑問を抱かずにはいられなかった。けれど、それを拒むことは許されない矛盾。
彼女には、軽蔑されるかとも覚悟していた。だから。
……変わらぬの笑顔が、ただ、嬉しかった。