call my name

「これが、機械遺跡……」

 悪魔達を倒し、ようやく辿り着いた機械遺跡。その圧倒的な存在感の前に旅団員達は揃って息を呑んだ。

 首が痛むまで見上げなければならない程高く大きな壁が樹々を背後に従えてそびえ立つ。これだけの規模の建物が今まで誰にも発見されなかったことは、もはや奇跡としか言いようがないだろう。
 森の主にふさわしき重厚なる威厳を持って君臨する遺跡。だが同時に、遺跡の外壁に刻まれた数多の古い傷跡が、ここが決して平和な場所ではなかったことを無言で物語っていた。
 その傷跡を見た瞬間、の頭の奥がずきりと痛んだ。

(この壁……どこかで……)

 先刻結界を解き気を失っていた間に何か夢を見たような気がする。その中にこの風景があったような気がするのだが、はっきりと思い出せない。
  何とか記憶を手繰ろうとするのだが、その度酷くなる頭痛に眩暈を覚えて思わず口元を手で覆うと、イオスに支えられるように肩を抱かれた。

「どうした?
……やっぱり辛いんじゃないのか? 休んでいた方が……」
「あ……。ごめんなさい、大丈夫です」

 の答えに、イオスは疑わしそうにきれいな柳眉を寄せる。
 不謹慎だとは思いながらも、彼が心配してくれることが嬉しくて、自然との口元がほころんだ。

「確かにちょっと疲れましたけど、大丈夫です。本当に辛くなったらちゃんと言いますから……。
あっ、ほら、ルヴァイド様が呼んでますよ?」

  見れば、遺跡への入り口を探すよう指示を出したルヴァイドがイオスの名を呼んでいる。
 上司と彼女の姿とを見比べ、困ったように口をへの字に曲げたイオスは、名残惜しそうに強くの手を握った。  

「無理はするな。……約束」

 にそう言い聞かせると、イオスは急いでルヴァイドの元へと駆けてゆく。
 イオスが触れた場所が熱くて、はそっとため息をついた。

 ――旅団が投獄されたあの地下牢での出来事以降、イオスは公然とのことを護ってくれるようになった。
 常にそばに置き、気を配り、優しい言葉をかける。レイムがをイオスに対する人質だと宣言した――二人の関係を知られた以上、もう何も隠すことはないというのが彼の考えらしかった。
 皆の前で、何より自分を優先してくれる。それはにとって夢のように幸せなことだった。
 だからこそ、そんな幸せを与えてくれる彼を――も、護りたいと願った。
 そのためなら、何でも出来る。こんな森も遺跡も怖くはない。

 目を閉じて、握られた手からじんわりと伝わるイオスのぬくもりをかみしめる。すると、不思議なことに頭痛はすぐに治まった。
 いつだって、彼はこうして自分に勇気をくれるのだ。

「……ん、大丈夫!
よし、テテ、私達はこっちを探そうか?」

 すっかり気を取り直したは、足元にいる護衛獣に笑顔で呼びかける。
 こくこくと頷いたテテは、彼女を先導するかのように――ご主人様を護るのは自分なのだと言いたげに胸を張りながら――の前を歩き始めた。

 注意深く目を凝らしながら、蔦の這う外壁に沿ってゆっくりと歩く。だが、なかなか入り口らしきものが見当たらない。
 振り返ると、旅団員達も各々壁を調べながら首をかしげている。巧妙に隠されているのかも、とか、何か仕掛けが…などと話し合う声が聞こえた。
 の数歩先では、外壁の少し崩れた部分をテテが顔を真っ赤にしながら一生懸命両手で押しているのだが、残念ながら壁はびくともしない。
 隣に腰を落とし、健気に頑張る護衛獣の頭をよしよしと撫でてやりながら、の脳裏にあることがひらめいた。

 誰かが言った通り、確かに、何か一筋縄ではいかない仕掛けがあるのかもしれない――ならば。

(もしかしたら、あの羽が使えるかも……?)

  結界を解いた不思議な羽。結界の中に封じられている遺跡なら、何かしらの反応を示すかもしれない。

「テテ、ちょっと一回みんなのところに戻ろう?」

 護衛獣にそう声をかけて、は自分の思い付きをルヴァイドに話してみようと立ち上がる。だが次の瞬間、風に乗って高い声が聞こえ、彼女ははっと身構えた。
 旅団の仲間達のざわめきとは明らかに違う声音。同時にどこか聞き覚えのあるそれに、の鼓動が早鐘を打った。


 ――かつてないほどに、嫌な、予感がした。


(私達の他に、誰か……いるの……?)


 背筋をつめたい汗が伝う。

 召喚術の絡む禁忌の森と遺跡。
 ここを訪れそうな人物に全く心当たりがないと言えば――嘘になる。……けれど、それは今最も考えたくない可能性だった。

(……まさか……そんな筈は……)

  胸から響き漏れそうな心臓の音に怯えつつ、はそっと声のした方向を伺う。
  茂みの隙間から見えたものは――紫紺の髪をした少年と少女を中心に、遺跡の外壁に手を当て何かを話し合っている集団だった。
  赤い虹彩を宿すの瞳が絶望と驚愕に見開かれる。


 ――間違いない。トリス達だ。


 あまりのことに、は思わず天を仰いだ。

(なんで……っ!?)

 彼女達のためにも、そして何より自分の決心を鈍らせないためにも、出来ることならもう二度と会いたくはなかった人達が目の前にいる。
 何故よりによって今日この場所に再会の舞台が選ばれてしまうのだろう!
 運命の残酷さを呪いながら、けれどはすぐに厳しい表情で唇を引き結んだ。

 ああやって遺跡を調べているということは、トリス達もまたこの内部に入りたい事情を抱えているのだ。
 ――呆けている場合ではない。急いで彼等の存在をルヴァイドに報告しなければ……!

  だが、踵を返した彼女は、動揺のあまり低く伸びた小枝に足をとられ派手に転んでしまう。
  かろうじて悲鳴こそ飲み込んだものの、身体を打ちつけた茂みが予想以上に大きな音をたてた。
  後方からはっと息を飲む気配が伝わる。一瞬の沈黙の後、鋭い誰何の声が飛んだ。

「ねえ、今あっちで何か……!?」
「いけない! 悪魔の残党か!?」
「おい――ック! 深追いするな!」
「駄目です、倒さなければまた仲間を呼ぶかもしれない!」

  飛び交う怒声の後、荒々しい靴音がこちらに迫ってくる。
  テテを抱きかかえ、は跳ねるようにその場を駆け出した。

(どうしよう、どうしようどうしようどうしよう――……!?)

 右も左もわからないまま、混乱のあまりは森の中を滅茶苦茶に走る。
 ――見つかってしまった以上、まっすぐ皆のところへ戻ることは許されない。こんな形で旅団の居場所を知られるなど断じてあってはならないのだ。
 なんとかこの森の中で追っ手を撒かなければならない。枝の先が手や頬に擦り傷を作るのもいとわず、は縦横無尽に茂みの中へと飛び込んでゆく。
  だが、追跡者もなかなか諦める様子がない。

「――待て――……!」

 枝葉を掻き分ける音に混ざって聞こえてくるのは確かに聞き覚えのある声。 だが、今は呼び起こされそうな記憶がただ恐ろしかった。
 振り向く余裕もなく、それが誰なのかを知る前に逃げ切りたいと必死に願いながら、は懸命に走り続けた。
 だが、そんな彼女の願いも虚しく相手の気配はどんどん近づいてくる。そしてひときわ大きな静止の声と共に、ひゅん、とつめたい音が耳を掠めた。
 殺意の乗った鋭い気配を背中に感じた刹那、突然彼女が身に着けているマフラーがものすごい力で後ろに引っ張られる。首を絞められるような格好になったは、そのまま勢いよく尻餅をついてしまった。

「きゃあっ!?
な、なにっ……!?」

 いきなり地面に引き倒され、 自分の身に何が起こったのかわからず混乱する少女の目に映ったのは、長いマフラーの端を大地へと縫いとめる一本の短剣。
 それは間違いなく殺意を込めて投げられたもの。あと少しで、自分はこれを背中に突き立てられていたのだ。
 そう理解したは耐え切れず絶叫した。


「きっ――きゃああああああああああああああああああっ!」


 森へと響き渡った高い悲鳴。それに応えるように、左右の茂みからふたつの人影が飛び出して来る。


――……ッ!? そこにいるのか!?」
「え――ええっ!? ど、どうして、さんがここに――……っ!?」


 声を重ねた二人は、まずしゃがみこむ少女の姿に驚き、次に目の前にいる相手が誰なのかを認識して表情を凍りつかせた 。



 森の中、僅かに拓けた小路。少女を挟んで対峙するのは――彼女を探していたイオスと、彼女を悪魔と間違えて追いかけてきてしまったシャムロック。



 ――最悪の邂逅だ。



 硬直する二人の間で、 はただ、ごめんなさいと顔を覆って己の失態を心から呪った。