call my name


 壁一面に広がる巨大なスクリーンに、ひとりの天使の姿が浮かんでいる。
 煌めく金の髪を腰まで伸ばしたうつくしい天使。彼女が一歩進むたび、可憐な指先から放たれる光の束が、研ぎ澄まされた剣のように襲い来る悪魔達を斬首する。
 累々と積み重なる侵略者の骸。血の海に半身を浸しながら、それでも歩み続ける天使のうつろな瞳に意志の光はない。

 もぎとられた片翼。染められた黒翼。細い身体に絡みつく無数の管は、まるで彼女をこの地に繋ぎとめようとする鎖のように自由を許さない。

 アルミネスの森に伝わる伝説は、あまりにも人に都合良く昇華された御伽話だった。
 伝承が美しいほど、隠された真実は残酷だ。


 運命をも律する者――調律者と呼ばれた稀代の召喚師、クレスメントの一族。そして彼等が生み出した召喚兵器、ゲイル。

 
 人の手により、人の意志で――かつてこの世界を護った伝説の天使は、――アメルと同じ顔をしていた。





◆◆◆





「いやああああああああっ!」

 耳を覆いたくなるような叫びとともにアメルがつめたい床の上へと崩れ落ちる。
 機械遺跡が告げた史実は、その場にいた全員を驚愕と混沌の奈落へと叩き落とした。

「これが最後にして最高のゲイル、豊穣の天使アルミネの戦いの記録です。
そしてこの奇跡を産み出した創始者こそ、調律者(ロウラー)――あなた方の祖先であるクレスメントの一族なのです」
「――だま……れ」
「さあ調律者(ロウラー)よ、ご命令を」
「黙れええええっ!」

 しゃべり続ける機械を、マグナが拳で殴りつける。
 金属の突起に抉られ、指の皮膚が裂けるのも厭わずに、マグナはとり憑かれたように何度も機械に拳を叩きつけた。

「知らない、そんなものは知らない!
俺とトリスはただの孤児だ! クレスメントなんて名前じゃない!
アメルだってアメルでしかない! そんな顔の天使なんて知らない、俺達には関係ない、関係ないッ――……!」

 関係ない、関係ない。呪文のように、言い聞かせるように――すがりつき願うように――叫ぶマグナの右手から流れる血が、無情な機械の表面に赤い染みをこびり付かせてゆく。
 やがて力を失い、ついには機械にもたれかかるようにして膝を折り、それでも関係ないと繰り返しながら拳を振り下ろし続ける双子の兄の背中にトリスが抱きついた。

「やめてマグナ! 手が折れちゃうよ、やめてえ……っ!」

 血だらけのマグナの右手を胸に抱え込みトリスが懇願する。
 最後の救いを求めるように、トリスは涙の滲む紫紺の瞳を背後に立つ兄弟子へと向けた。

「うそよね、ネス……?
嘘だってこの変な機械に言ってやってよ……。
あたしとマグナは、北の街で育った天涯孤独のただの孤児で、ラウル師範とネスの出来の悪い弟子で……だからこんな場所には関係ないんだって……!」

 だが、視線を向けられたネスティは、耐えきれないとでも言うように表情を歪ませ、妹弟子から顔を背ける。
 いつものように「君は馬鹿か!」と一蹴してくれないその姿に、トリスの声が震えた。

「……ネス……?
ねえ、ネス……どうして黙ってるの……? 何か言ってよ、ねえ……!」

 嗚咽交じりのトリスの呼びかけに、ネスティは答えようとはしない……。


 ――世界を揺るがすような、とてつもない何かが暴かれようとしている。
 ひややかな金属に支配された絶望の部屋で。嘆く彼等の姿を、イオスとはただ呆然と見つめていた。

 エルゴの王の具現よりも遥かな過去。この遺跡で創られていたという、召喚獣を素体とした兵器、ゲイル。
 当時の記録だという映像に残されていた天使は何故かアメルと同じ顔をしていて、そのゲイルを生み出した一族が、マグナとトリスの祖先なのだと遺跡は語った。

 流れ続ける映像では、輝かない瞳を持った片翼の天使が、ただ返り血を浴びて赤くあかく染まってゆく。
 音のない荒い映像からは今にも血臭が漂ってくるようで、たまらずが口許を押さえた。
 青ざめたの肩をイオスがきつく抱き寄せる。もう一度モニターを見上げ、彼は低く呻いた。

「これが……デグレアが望んでいた兵器だというのか……」

 ルヴァイドの父の世代から――永きに渡りデグレアが求めてきた力。この「ゲイル」を使えば、確かに聖王国に戦いを挑むことも……否、それどころか、所持しているという事実だけでいくらでも諸外国を脅すことが出来るのだろう。 映像の中で動く血みどろの天使には、それだけの価値が感じられた。

「召喚兵器……」

 軍人として植えつけられたイオスの性(さが)が、獲物を前にざわめき出す。

 元老院議会が夢見続けた至高の力。これさえあれば、デグレアは恐るべき軍事大国へとのし上がる事が出来る――……!


 ごくり、とイオスの喉が鳴った。


「この遺跡を使えば、誰にでもこの……ゲイルを作り出すことが出来るのか?」

 だが、イオスの問いを遺跡はあっさりと否定した。

「いいえ。 クレスメントの一族でなければゲイル生産システムを稼動させることは出来ません」
「……つまり、その一族でなければ、新たな兵器を生み出すことは出来ない、と……?」
「その通りです」

 一瞬、これさえ手に入れれば全てが終わるのかもしれないと――期待してしまったイオスは静かに嘆息する。
 落胆を隠すように口を引き結んだ彼は、改めてトリスとマグナの姿を見やった。

 クレスメント。抹消された歴史に名を遺す召喚師の一族。
 遺跡は、蒼の派閥の人間である双子の兄妹がその末裔だと告げた。

(――議会が望む召喚兵器を手に入れるには、彼等を捕らえる必要があると言う事か……)

 聖女に続き、今度は派閥の双子。
 イオスの視線の先で、彼等は肩を寄せ合い震えながら、絶望に溺れかけた瞳で兄弟子の言葉を待っている。

 いっそ先手を打ってここであの二人を捕えれば良いのか。だがそれにはあまりにも状況が悪い。
 どうしたものかとイオスが思考を巡らせていると、すぐそばでか細い声が彼を呼んだ。

「……ま……って……」

 あまりにも頼りないその声音に、夢中になって策を巡らせていたイオスははっと現実に引き戻される。
 見れば、イオスの視線から何を感じたのか、が必死になって首を横に振っていた。

「待って下さい、イオスさん……。
あれが……あれがデグレアが探していた兵器なんですか? しょ、召喚獣を改造するなんて、そんな……!」

 繰り広げられる凄惨な光景に打ちのめされたがふるえている。
 恐ろしくてたまらないのだろう。すがるようにイオスの軍服をつかむ小さな白い手の甲には、力を込めすぎているせいで細い血管が浮かび上がっていた。
 哀れなその姿にイオスが声を詰まらせる。
 ――彼女自身も「召喚獣」なのだ。同じ立場とも言える天使の変貌が少女に与えた衝撃は計り知れない。
 
、大丈夫だから……」

 怯える彼女を安心させようと、ふるえる背中に手を伸ばしかけて。だが、次に聞こえた彼女の言葉に、イオスはびくりとその手を止めた。

「へ、変です……。
いくら悪魔がいる森の奥だからって、こんなものが、どうして今まで誰にも見つからなかったんですか?
……人が使ってはいけないものだから……だからわざと隠されていたとか、そういうことは……?
あれは絶対、ただの道具じゃないと思うんです。 何か……何か嫌な予感がするんです、何か……!」

 恐怖に身を縮ませながらも必死に訴えかける赤い瞳がイオスの双眸を捕える。
 その瞬間、突然イオスは自分がとてつもない愚か者だと罵られたような気分に陥った。

 そっとため息をついたイオスは、混乱しているの背中を黙って撫でてやる。
 任務の対象である兵器を目の前に昂っていた心が、彼女の言葉で一気に冷やされていくようだった。

 本当に、あのような異形と化した召喚獣を人の手で操ることが出来るのか。それはイオスも感じていた――考えなければならない筈の疑問だったのに、いつの間にかすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
 …… 一体、自分はひとりで何をしようとしていたのだろう。
 未知の兵器を前に興奮し我を失いかけていたことを彼は密かに恥じ入る。
 そう、浮かれている場合ではなかった。 ここにあるのは子供の玩具ではないのだ。手を触れる前に、ゲイルの本質をはっきりと見定める必要がある。

 冷静さを取り戻したイオスは、もう一度正面の壁にあるスクリーンを見上げる。

 流れ続ける天使の姿は、初見の興奮を過ぎてみれば、確かに恐ろしくもおぞましいものだった。

 ――強すぎるのだ。

 たった一騎で数え切れない程の悪魔を相手にする、絶大過ぎる力。明らかに、いわゆる兵器という枠で括れる域を逸脱している。
 ただ延々と悪魔の首をはね続ける彼女の虚ろな表情に、数多の戦場を潜り抜けてきたイオスでさえ、背筋が凍るような恐怖を覚えた。
 それは見えない存在への畏怖にも似ていて、の言うとおり、どこか――人が触れてはならない禁忌が隠されているような、そんな怖れを抱かずにはいられない。


 たとえあの双子を捕えこの遺跡をデグレアの手中に収めたとしても。こんな「異形」を、果たしてデグレアが使いこなすことが出来るのだろうか?
 ゲイルとなった召喚獣は個々の意識を失い命令のみを遂行する存在になると言うが、危険はないのか? 飼い犬に手を噛まれるような可能性は――……?


「この……映像の天使は、その後どうなったんだ……?」

 粛清を続ける天使を指差して、イオスが問う。
 それはひとりごとのように小さな呟きであったが、遺跡は律義に反応した。
 ぷつりと幕を落とすような音がして、ひたすら続いていた戦いの映像が消える。次に映し出されたのは、祈るような格好で大地にひざまずいた同じ天使だった。


 その四肢が、白と黒の光に包まれ――引きちぎられてゆく。


 最後にもぎ取られた首が光に溶ける前……閉じた瞳から一筋の涙を流した天使は、一度だけうっすらと笑って――虚空へと消えた。


「ひ……い、ひああああああああああっ!」

 まるで鏡を覗いているかのように同じ顔をした天使の末路に、アメルが床に伏し絶叫する。
 食い入るようにスクリーンを見つめていた他の面々も、あまりにも残酷な光景に吐き気をこらえるのが精一杯だった。

「悪魔を退けた後、豊穣の天使アルミネは残念ながら暴走、このように大破しました。
その際、彼女の制作者であるクレスメントも爆発に巻き込まれ命を落としたと見られています」
「……暴走……だと……?」

 他人事のように事の顛末を告げる遺跡に対し、イオスの語尾が震えた。
 やはり、ただの兵器ではなかったのだ。

 ――召喚兵器・ゲイル。
 人の手で作り変えられ、元の世界に帰ることすら許されない哀れな存在の壮絶な最期。
 これを今の自分達に操れと言うのか。


 あんな、……化け物を!


 イオスの脳裏に不可能の文字がよぎる。
 あれに手を出してはならないと、本能が強く警鐘を鳴らした。


「――これが、記録として残されている最高のゲイル・アルミネの全てです。
いかがですか?  調律者(ロウラー)よ」

 ゲイルを生み出した人間が作った機械に、ゲイルの辿り着く果てを見せつけられた人間が感じる底なしの恐怖など理解出来る筈もない。
 用意されている台本を読み上げるかのごとく、遺跡はマグナとトリスに言葉を注ぎ続けた。

「確かに、結果的にゲイル・アルミネは失敗作に終わりましたが、何も恐れることはありません。
かつてのデータは全て記録されています。同じ失敗を犯すことは決してありません。
『クレファの赦し』により封印が解かれ、この研究所は全ての機能を回復させました。クレスメントの一族であるあなた方だけが、アルミネを超えるゲイルを生み出す事が出来るのです。
さあ調律者(ロウラー)よ、ご命令を――……」
「ま、待て……」

 誘うようにトリスとマグナを呼び続けていた遺跡の声を、唐突にそれまで沈黙を通していたネスティが遮った。  
 何か重大なことを思い出したかのようにがばりと顔を上げた彼は、青ざめた額から脂汗を滲ませ、不自然に上擦った声で叫んだ。

「待て! そうだ……ずっと引っかかっていたんだ。
さっきからお前が口にしているクレファとは一体何のことだ!? そんな言葉は僕の記憶にも――……」

 零れかけた言葉を、何故かネスティは飲み込んでしまう。
 一体何を言い出すのだと、皆が怪訝そうにネスティに視線を注ぐ中、遺跡が彼の問いに答えた。

「クレファとは、古代語で鍵を意味します。
アルミネが大破し、 主であるクレスメントを失った当研究施設は、事前に組み込まれていたプログラム通り、ここが余人の手に渡ることのないよう封印し全システムを休眠させました。
その後、かつては調律者(ロウラー)の盟友であった人間の召喚師達が封印を解こうと試みましたが失敗します。その際、無理矢理建物に注ぎ込まれた魔力が暴発し、結果、ここには特殊な魔力を持つ者が現れない限り解けない新たな封印が施されてしまったのです。
その封印を解く者の存在を、鍵――クレファと呼ぶのです」

 澱みなく紡がれる遺跡の言葉に、ネスティは信じられないといった表情で何度もかぶりを振った。

「……鍵? クレファだって? そんな馬鹿な……!」

 自分の「記憶」にすらない謎の名前に、愕然としたネスティはひとり頭を抱え込む。

 ――そんなことはありえない筈なのに。この場所に関わることで、自分が知らない何かがある、その事実がネスティを打ちのめした。

「ネ、ネス……? ねえ、一体さっきから何を言ってるの……?」

 会話の意味がわからず、トリスが怯えながら兄弟子に問いかけるのだが、彼は彼女を振り返らない。

「人間による封印により、この研究所は永きに渡りクレスメントの一族でも解けない封印に囚われていました。
ですが今こうしてクレファの資格を持つ者が現れたからこそ、再びマスターであるクレスメントの一族を内部に招き入れることが出来たのです」
「――な、んだって……!?」

 血走った双眸を見開いて。そっと彼に触れようとしていたトリスを乱暴に押し退け、ネスティは遺跡へと詰め寄った。

「待て……そのクレファがいなければ、クレスメントでもここに入れなかったと?
お前が僕達を呼んだのはトリスとマグナがいたからではないと言うのか!?
い、一体誰のことなんだ!」

 彼の問いに。遺跡は、答えた。





「あなたのことです、異界の娘よ」





 しん、と部屋が静まり返る。

 異界の娘。――娘?

 誰のことだ、と皆が硬直する中、再度遺跡は宣告した。


「あなたのことです。四界のどこにも縛られることなき異界の娘よ」


 四界とは、ロレイラル、サプレス、シルターン、メイトルパを指すのだろう。召喚術に関わる者ならば誰もがよく使う言葉だ。
 そのどれにも縛られない――属さない異界の――娘。



 全員が、伏していたアメルでさえはっと顔を上げて、思い当たる少女の方を見る。
 射抜かれるような視線を一身に受けた少女――は驚愕に緋色の双眸を見開いた。

「……え?
わ……わた……し?」
「そうです。クレファの資格を持つ、異界の娘よ。
あなたから発せられる魔力により、この地にかけられた永き封印が解かれたのです」

 嘘、と口にする前に、遺跡が皆の予想を肯定する。
 何の前触れもなしにいきなり放り込まれたこの状況を理解出来ず、の頭からざあっと音を立てて血の気が引いてゆく。

「……え? な、何ですか? なに、どういうこと……?」

 混乱のあまり目の前がぐるぐると揺れる。まるで床が波打つような感覚の中、倒れないよう必死にイオスにしがみつきながら、は遺跡の言葉を反芻した。


 この遺跡は、はるかな昔に誰も出入り出来ないよう封印された、らしい。 その封印を解く「鍵」が、「クレファ」と呼ばれる存在なのだと言う。
 そして、そのクレファが自分だと――……馬鹿な!


「う、嘘、うそです……! そんなことありえない!」

 干上がった喉から懸命に声を絞り出し、が訴える。叫ぼうとするたび、驚きで乾ききった喉が焼け付くように痛んだ。

「だ、だって、私はこの世界の人間じゃない! この場所のことなんて何も知りません! 関係なんてあるわけがない……!」

 呆然としている皆の顔をひとつひとつ見つめながら、は必死に遺跡の言葉を否定する。
 ――イオスに呼ばれるまで、はリィンバウムの存在すら知らなかった。召喚術だとか魔力だとか、そんなものには一切無縁の生活を送ってきた。 だから、自分が封印を解く存在などと――そんなことは絶対にありえないのだ。
 だが、の真実は間髪入れずにまたしても遺跡により打ち砕かれてしまう。

「リィンバウムの人間ではないことこそ、クレファたる何よりの証。
あなたは鍵たり得る魔力を有している。真実はただそれだけです」

 の意思を置き去りに、遺跡は同じ言葉を繰り返す。
 自分の知らないところで、いつの間にか何かに引きずり込まれてしまう。自分を勝手な名前で呼び出した遺跡を前に、まるでレイムと誓約させられたことを知ったあの日のような恐怖がの足元をすくった。
 繋がれた鎖に引き寄せられるように、はふらりと一歩前に出る。

「し、知りません……私はそんなの、知らない……!」
「ですが、あなたはクレファなのです」
「違う! 何かの間違いでしょう? だから、私はただの」
「いいえ、間違いではありません。あなたはクレファなのです」
「や、やめて! 知らない、知らない!」
「あなたはクレファなのです」
「知らない……っ!」

 の意志など置き去りに、遺跡は爪の引っかかったオルゴールのように同じ言葉を繰り返す。何度違うと言っても否定される堂々巡りの受け答えに、は気が狂いそうになる。
 この機械は本当は人間の言葉などわからないのではないだろうか。だからこんな訳のわからないことを言い出して――もしかしたら、どこか壊れているのかもしれない。そうに違いない。
 でなければ、ありえない。こんなことは絶対にありえないのだから!

「違う! 私は違います! それは私じゃない! 絶対に違う!」
「あなたはクレファなのです」
「――っ!」

 なお繰り返される変わらぬ答えに、混乱と怒りでの視界が白く染まる。
 気を失い倒れかけた少女の身体を、慌ててイオスが支えた。

! しっかりしろ、!」

 白濁しかけた思考の向こうにイオスの呼び声を聞いて、かろうじては意識をとどめる。

「……イオス、さん……!」
「わ……わかってる、わかってるから!」

 の身に何が起こっているのかわからず動揺しているのはイオスも同じだった。
 溢れ出した涙でとめどなく頬を濡らす少女の身体を庇うようにきつく抱きしめて、イオスは虚空へと向かい叫んだ。

はリィンバウムとは何の関係もない世界の人間だ! こんな遺跡と関わりがある筈ないだろう! いい加減にしろ!」
「――その異界の娘はクレファの資格である器と魔力を有しています。その娘という鍵がいなければ、封印が解けることもなかった。
あなたはクレファなのです、異界の娘」
「――き、貴様……っ!」

 ありえないことを肯定し続ける鉄の塊に、イオスが怒りのあまり絶句する。
 誰もがこのやりとりの意味がわからず呆然と立ち尽くす中、ネスティだけが掠れた呟きを漏らした。


「……どういう、ことだ。
何故が関係する。人の封印とは何のことだ……ここは、あの時――……」


 だがその時、果てのない応答に終止符を打つかの如く大きな衝撃音が響き、建物全体が激しく揺れた。


「きゃあっ! な、何っ!?」

 ある者はたたらを踏み、ある者はその場に膝をつく中、部屋の照明が赤く反転する。
 耳をつんざくような警報音と共に、遺跡が警告した。

「緊急事態発生、緊急事態発生。
当研究施設に対する攻撃を確認。第一種迎撃態勢準備、襲撃者を排除します」

 その声と同時にスクリーンの映像が切り替わる。
 先程までとは打って変わって鮮明な画面の先には、異形に襲われている仲間達の姿が映っていた。

「ロッカ、リューグ! うそ、みんなが……!」
「ルヴァイド様っ!?」

 全身のあちこちから黒い油を垂らしている見たことのない魔物に、皆が懸命に応戦している。
 黒の旅団員達も例外ではなく、青ざめながら武器を構える上司や仲間達の姿にイオスとは息をのんだ。

「な、何だ、これはどういうことだ!?」
「外にいる人間達がこの建物に対し攻撃を加えたため、防御システムが発動しました。
迎撃対象が排除されるまでしばらくお待ち下さい」

 相変わらず淡々とした口調で答える遺跡に、マグナが蒼白になる。

「やめろ、今すぐやめさせろ! 襲われているのは俺達の仲間だぞ!」
「それは不可能です、調律者(ロウラー)よ。
一度命令を受けたゲイルは、攻撃対象を撃破するまで停止することはありません」
「な……っ!?」

 とんでもない答えにマグナが返す言葉を失う。
 映像の向こうでは、異形――ゲイルに皆が苦戦していた。
 攻撃を受けてもひるむことなく、ただ前に進む謎の存在に動揺する彼等の心がありありと伝わってくる。
 このままでは誰かが犠牲になってしまうかもしれない。画面を見つめる全員の脳裏をそんな恐怖が支配した時、涙を拭ったトリスが叫んだ。

「だったら……だったら今すぐあたし達をここから出して! 壊してでもあれを止める!」
「……ですが、それでは調律者(ロウラー)も攻撃対象となってしまいます」
「いいから今すぐ外に出しなさい!
あなた、あたしとマグナのことをロウラーとかクレスメントとか呼んでご命令をどうぞとか言ってたじゃない! だったら言うことききなさいよ――これは命令よ!」
「そうだ……! 出せ、今すぐ俺達を外に出せ!」

 鬼のような形相でたたみ掛ける二人の調律者の末裔に、何を思ったか遺跡はしばし沈黙する。

「――クレファよ、あなたもそれを望みますか?」
「……え……?」

 思いがけないところで答えを求められ、が言葉を失った。
 何故ここで自分の意見が必要なのだろう。訳が分からない。

「クレファよ、あなたもそれを望みますか?」

 再び繰り返される問い。

、早く! 皆を助けなきゃ!」
「――っ……!」

 返答に詰まるをトリスが急かす。

「――クレファよ」

 再び呼ばれる、身に覚えのない名前。
 ぎゅっと、は両の拳を握りしめた。

 ――本当は答えたくなかった。
 だって、自分は違うのに。クレファなんて、そんな名前で呼ばれる存在ではないのに。返事をしたら、まるでこの機械の言葉を認めるようで――それが真実になってしまうようで、たまらなく怖かった。

 おそるおそる見上げたスクリーンの中では、ルヴァイドが一体のゲイルを剣で斬り伏せようとして、逆にゲイルの鞭のように伸びる金属の管に刃先を奪われ身動きを封じられていた。
 間一髪、ゼルフィルドの銃口が火を噴き、ルヴァイドを窮地から救う。

 早くしなければ、取り返しのつかないことになる。迷っている暇などない。わかっている、わかっている、……でも!

「――!」

 マグナが叫ぶ。




(違う、ちがうちがう私はクレファなんかじゃない――……!)




 心の中で思い切り叫んで。きつく目を瞑ったの叫び声が、広い部屋でこだました。




「外に出して! 早く――……!」



 絶叫と同時に、全員の身体が入ってきた時と同じ白い光に包まれる。
 そのことが、をどうしようもなく絶望させた。



 ……違うのに。違うのに違うのに、どうしてこの機械は自分の言葉に反応するのだ!



 何一つわからなくて、ただ悲しくて。の瞳に涙が盛り上がる。



 せめてイオスの手を握っていたかったのに。指先が彼に届く前に、視界が暗転した。