瓦礫が崩れるような耳障りな音を立てて、胴体を二つに分断された魔物が地面へと倒れる。
鼻を突く血と油の臭いにルヴァイドが顔をしかめた。
「一体何なのだ、こいつらは……!?」
突然響き渡った不思議な声、目のくらむような光ととともに、イオスと、そして聖女達の何人かが姿を消した。
黒の旅団の存在など忘れてしまったかのように慌てふためき、仲間はこの遺跡の中に吸い込まれてしまったのだと、残された聖女一行は懸命に壁に攻撃を仕掛け始める。
そんな彼等の背中を討ち取る訳にもいかず困惑していたルヴァイドの前に、虚空からいきなりこの魔物達が現れたのだった。
外見はサプレスの悪魔に近いが、肉を突き破り組み込まれた鋼鉄の塊は機械兵士の部品のようにも見える。
魔物――悪魔。機械魔とでも呼ぶべき、謎の異形。
「これに見覚えはあるか? ゼルフィルド」
主の問いに対し、ゼルフィルドは珍しく言葉を詰まらせた。
「イエ……。
イヤ、タシカニ、コイツラノ身体ノ一部ニハ、自分ニヨク似タ金属ガ使ワレテイマス。古代ロレイラルの技術デショウ。
デスガ、サプレスノアクマト同ジ肉体ノ気配ガ混ザッテイル……ソンナコトハアリエナイハズナノデスガ……」
「ロレイラルと、サプレス……」
二人が言葉を交わす間にも、得体の知れない機械魔達は次々と襲いかかってくる。
腕を斬り落としても、頭部に銃弾を撃ち込んでも、彼等はひるまない。胴体に穴を開けられてもなお、完全にこと切れるまでただひたすら前へ進もうとするのだ。
数こそ少ないものの、ルヴァイドもロレイラルやサプレスから呼ばれはぐれとなった召喚獣と戦ったことがある。だが、こんな動きをする者は一人としていなかった。
召喚獣にも、多かれ少なかれ感情がある。殺したいという欲望や、痛みに怯える恐怖だ。
だが、今目の前にいる魔物達からは、そういうものが一切感じられないのだ。
まるで操り人形のように、ひとつのことだけを執行する……視界に入る「獲物」だけを追い続ける。――尋常ではない。
「まさか……これが、デグレアが探している兵器だというのか……?」
だとしたら。これはとても人の手に負えるものではない――……!
本能的にそう感じ取ったルヴァイドの背中をつめたい汗が流れ落ちた時、ようやく一体の機械魔を仕留めた旅団員が悲鳴に近い声を上げた。
「ル、ルヴァイド様! こいつらは一体……!?」
「――臆するな。手足を落として頭を砕くのだ。 こんな異形どもに我等が屈するわけにはいかぬ!」
初めて対峙する敵に戸惑いの色を隠せない部下を叱咤し、ルヴァイドは物語らぬ遺跡を見上げる。
イオスとを飲み込んでしまった謎の遺跡。死が迎えに来るその瞬間までただ目の前の敵を排除し続けようとする魔物。
もはや聖女一行との戦いどころではなかった。混乱する戦場を鎮めるべくルヴァイドが剣を握る手に力を込めたその時、再び視界を真白に染める閃光が弾けた。
「何だ……!?」
光が消えた後、そこにいなくなった筈の仲間の姿を見つけ、全員がああっと叫ぶ。
「トリス! マグナ!」
「あんたたち、無事だったのかいっ!」
「大丈夫!? ねえ、一体何があったの!? こいつらは一体なに!?」
機械魔と戦っていた聖女の仲間達が一斉にトリス達を取り囲む。その輪の中から飛び出したイオスとの姿を見つけたルヴァイドは、急いで彼等の元へと駆け寄った。
「二人とも無事か!? 一体何があったのだ……!?」
襲い来る機械魔――ゲイルに備え槍を構えながら、イオスは上司に一礼する。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。遺跡の内部にある装置により中に転送され、遺跡についての情報を得ることが出来ました。
この魔物達は、遺跡が作り出している召喚獣を改造したゲイルという名の召喚兵器です。議会はおそらくこれを手に入れたかったのでしょう。
……ですが……」
ここで言葉を詰まらせたイオスは、背後に控えるを見る。
黙ってうつむいていた少女は、急にイオスを押しのけ前に出ると、手にしたサモナイト石を空高く掲げ叫んだ。
「――闇に堕ちし星の欠片よ、今再び集まりて大地を砕け――ガイアマテリアル!」
詠唱により呼び出された巨大な水晶が、旅団員と交戦していたゲイルの身体に突き刺さる。
唖然とするイオスとルヴァイドには言った。
「……話は後です。今はゲイルを止めるのが先です!」
の言葉通り、一瞬の隙を狙って彼等の周りをゲイルが取り囲んでいた。
明らかに普段と違う少女の様子に怪訝そうに表情を曇らせながらも、ルヴァイドはひとつ頷いて再び敵へと斬りかかってゆく。
「……?」
背を向けたまま立ち尽くす少女に不安を覚えたイオスが咄嗟に細い肩に手をかける。
……その手を静かに振りほどいて。は消え入りそうな声で呟いた。
「……本当に、知らないんです。
私はこの世界の人間じゃない。しらないのに……ほんとに、ちがうのに……」
「――っ!
わ、わかってる! わかってるから……!」
ようやく振り返ったは、何かを待つようにじっとイオスの瞳を見つめる。
だが、ややあってそっと涙の滲む瞳を伏せると、そのまま苦戦している旅団員の元へと向かい走り出した。
「…………」
彼女を「鍵」と呼んだ遺跡。イオス自身も、一体何が起こっているのかわからなかった。
どうすることも出来ず、ただ呆然と少女の後姿を見送ってしまったイオスは、唐突にある事実に気がつき絶望した。
あの地下牢の時も。そして今も。
いつだって自分は、救いを求める彼女にかけるべき言葉を何一つ見つけられないでいる――……。
◆◆◆
「僕の本当の名前は、ネスティ・ライル。
召喚兵器ゲイルの開発へと加わったロレイラルの融機人、ライル家の末裔だ」
「あたしも思い出しました……。
あたしの身体は天使アルミネの魂の欠片。 召喚兵器となることで、戻るべき世界を無くしてしまった魂の欠片なんです……」
自爆しようとしたゲイルに捕らわれたアメルの前に飛び出したネスティが何事か叫んだ瞬間、辺り一面を包んだまばゆい光。
視界を取り戻した皆の目に映ったのは、動かなくなったゲイルと半身に鋼の文様を浮かび上がらせたネスティ、そして背中に輝く白い翼を持つアメルの姿だった。
「そして、マグナ、トリス、君達は……
ゲイルを生み出した調律者の一族……クレスメント家の末裔なんだ……」
「いやあああああっ!」
「うわあああああっ!」
両耳を塞ぎ、地面に崩れ落ちるトリス。天に向かい絶叫するマグナ。
遥かな昔、この遺跡とゲイルを創り出した至高の魔力を持つ召喚師・クレスメントの一族。マグナとトリスはその子孫であり、ネスティは彼等に手を貸していたライルの一族の末裔、そしてアメルはあのスクリーンに映し出された哀れな豊穣の天使・アルミネの魂の欠片――……。
これまで誰にも語られることなく隠されていたリィンバウムの歴史が白日の下に晒される。
残酷かつ重すぎる真実を前に、聖女一行のみならず、黒の旅団も皆言葉を失う。
あまりにも現実離れした事態に、これが夢なのか現実なのかさえわからなくなったがふらりと数歩たたらを踏んだその時、場違いな拍手の音が沈黙を切り裂いた。
「誰だ!?」
はっと全員が後ろを振り向くと、背後の森がざわりと揺れた。
誰もいなかった筈のその場所に、ゆらり、と人影が落ちる。
ぱん、ぱん、と手を打ち鳴らす乾いた音が止むと、次に響いたのは抗い難くも甘く耳を潤す美しい声だった。
歌うように。言葉が紡がれる。
「――いやはや、運命とはつくづく面白いものですねえ。
貴女方には何かがあると思っていましたが、まさかこうも見事に役者が勢揃いするとは……さすがの私も予想外でしたよ」
木立の影からゆっくりと姿を浮かび上がらせたその人物は、驚愕に双眸を見開く皆の顔をひとつひとつ見渡してゆっくりと哂った。
木漏れ日を捕らえ煌く銀色の髪。ここにいる筈のない人間の姿に、まさか、と彼の名を知る者が揃って叫んだ。
「レイムさん!?」
「レイム!?」
「レイムさん!?」
そこにいたのは、デグレア軍顧問召喚師――レイム。
だが、思いがけず重なった声に驚いたが振り返ると、頬に涙の後をくっきりと残したトリスとアメルが、同じように目をまるくしてを見つめていた。
「ど、どうして……?」
何故レイムがここにいるのだろう。そして、何故目の前の相手が彼の名を知っているのだろう。
戸惑い言葉を失くした少女達に、レイムはいつもと何ら変わらぬ笑顔を向けた。
「こんにちは、トリスさん、アメルさん。
そして――可愛い可愛い私の『鍵』(クレファ)」
レイムの口から零れた名前に、はびくりと全身を震わせる。
――どうして。どうしてレイムがあの遺跡と同じ名前で自分を呼ぶのだ!
混乱と恐怖に唇をわななかせるに、レイムはこれ以上ない程の優しい声音で語りかけた。
「おやおや……。さん、何をそんなに驚いているのですか。
貴女にその力を与えたのは 誰 だ と 思 っ て い る の で す ? 」
「――っ……!?」
少女の耳の奥底に、いつかの地下牢で聞こえたあの忌まわしい鎖の音が蘇る。
じゃらり、じゃらりと擦れる銀の鎖。それは、という名の供物を主人の元へと引きずり出す――誓約の証。
「いかがですか?
――ただの足手纏いから、一気に物語の中心へと躍り出た感想は?」
何も知らない愚かで哀れな「召喚獣」を見つめるレイムの口の端が、それはそれは愉しそうにニィっと上に向けて――裂けた。