call my name
「救護班急げ!
アル、カイト、お前達はあの屋敷の偵察に回れ!」
「はっ!」

 黒の旅団野営地。「任務」でゼラムへと向かっていたイオスとゼルフィルドの部隊が負傷者を抱えて戻ってくると、それまで静かだった時間が嘘のように全員が慌しく動き始めた。

「ゼルフィルド、お前は戦闘データをルヴァイド様に。
それから……くそっ、あれほどの召喚師がついているとは、誤算だった……」

 血の流れる左手を気にもとめず指示を出すイオス。
 なにかに貫かれたようなその傷から滴る血が、地面に赤い染みを形作っていく。
 その腕をぎゅっと掴むと、は手早く止血用の布を巻きつけた。

「……

  その瞳は、いまにも泣き出しそうで。
 かける言葉がみつからなくて。イオスは、ただ彼女の頭をそっとなでた。
第5夜 約束
 

――フロト湿原。

 草木が豊かに生い茂り、適度に水分を含んだ風はひんやりと頬に心地よい。
 あまりに平和なその風景に一瞬和みそうになってしまって、慌てては頭を左右に振った。
 今は、そんな状況ではないのだ。

「……ルヴァイド様。すみません……無理を言って、ついて来てしまって……」

 ぺこりと頭を下げるに、ルヴァイドは気にするな、とでも言うように少女の肩に手を置いた。

「今日は偵察だけだ、別にお前が足手まといになるということもない。
――まぁ、多少驚きはしたが、な」

 聖女一行がフロト湿原に向かっているとの情報が入ったのは数時間前。
 正確な敵戦力の把握をかねて旅団も湿原へ偵察に向かうこととなったのだが、いつもなら何も言わずに野営地でおとなしく待っているが、 自分も連れて行って欲しいとルヴァイドに懇願したのだった。

 どうしたのだ、と目で問いかけるルヴァイドに、はちょっと困ったように顔をゆがめた。

「……この前……イオスさん達が、ゼラムから……怪我をして戻ってきましたよね?」

 ――聖女捕獲の任務。彼女らが逃げ込んでいる屋敷へと攻撃を仕掛けたイオス達だったが、そこには蒼の派閥の高位召喚師がおり、思わぬ反撃を受けた上に任務は再び失敗に終わったのだった。

「私には、この戦いのことはまだよくわからないけれど……今は旅団の一員だから、私にとってもあの人たちは『敵』になるんです。
私には何もできないけれど……でも、せめて敵の顔くらいは、きちんと見ておきたいって……そう、思って」

 ――あの日。ゼラムで垣間見た人達は、にはどうしても悪人……敵、には思えなかった。
 けれど、イオスの傷を見て思ったのだ。
 あの人達との戦いでイオスが傷つく。命を落とす可能性だってある。
 ……だったら、あの穏やかに笑う者達は、自分にとっても間違いなく敵なのだと――。

 何かを決意したようにまっすぐな瞳を向けるに、ルヴァイドはただ黙って頷いてやった。






◆◆◆





 ――キィン、ズガァァン!

 突然響き渡った爆発音に、ルヴァイドの表情が一気に険しくなった。

「何事だ!」
「はっ、隊長と聖女一行が衝突した模様で……!」
「……イオス、先走ったか……」

 駆け寄ってきた旅団員の報告にチッと舌打ちすると、ルヴァイドは手に持っていた兜を身につける。

「我々も向かう。
――、お前はここで…… 」
「私も行きます!」

 待っていろ、と言おうとしたルヴァイドは、思いがけない返事にその身体をの方へと向けた。
 彼女用にと提供された細身の槍をぎゅっと握り締めて、がルヴァイドを見つめている。
 その瞳に怯えの色は、なかった。

「……戦いだぞ」
「――覚悟しています」

 低い声で告げられるルヴァイドの言葉に、その為にこれを習ったのだから……とは槍の柄をきつく握り締めた。
 数秒、の瞳を見つめて。ルヴァイドが、わかったとでも言うように少女の背を軽く叩いた。

「……前には出るな」
「はいっ!」

 駆け出すルヴァイドの後をも追う。

 ――怖かった、けれど。

 イオスの傍に、行きたかった。





「勝負有り、だな」

 自分を後ろ手に戒めている剣士の言葉に、イオスはぎりっと唇を噛んだ。
 口の端から一筋の血が流れる。

 もう何度も任務に失敗して、イオスは焦っていた。
 こんな任務には、早く片をつけたいと、そう思ってしまった。
 そんな彼の瞳にうつったのは、呑気に湿原でくつろぐ聖女一行の姿。

 ――チャンスだと。そう思った。

 しかし戦いを挑んだ結果、彼はこうやって拘束されている。
 ……敗れたのだ。

「さあ、吐いてもらうぞ! お前達の正体とその目的を!」

 眼鏡をかけた召喚師がイオスに怒鳴った。
  ……これ以上負けるわけにはいかないのだ。
 イオスは、少し離れた場所で動きを止めているゼルフィルドを見た。




「―――っ!」

 イオスが拘束され、剣を向けられている。
 明らかにあれは敗北を表している状況だった。

「ル、ルヴァイド様……」

  の声が震える。

「全く、馬鹿な事を……!」

 ルヴァイドが愛用の大剣を抜いた、その時だった。
 響き渡ったその声に、は己の耳を疑った。


「構うなゼルフィルド、このまま撃てっ!」


「なっ……!」

 紫紺色の髪をした少女がイオスに驚愕の表情を向ける。
 それに構わず、イオスはゼルフィルドへ向かって大声で叫んだ。

「お前は対象を届けろ!
――さあ、僕ごとこいつらを撃ち殺せ! 」



「あの、愚か者がっ……!」

 ルヴァイドの声が、どこか遠くのもののように聞こえる。
 イオスの言葉に、は足元がぐらりと揺れた気がした。
 目の前が真っ暗になる。


 ――撃ち殺せ?


「――了解シタ」

「みんな、逃げて!!」

 草原に響き渡る誰かの叫び。
 ゼルフィルドが、銃口をまっすぐイオスの方へと向ける。




「駄目……駄目ぇっ!」
「――!?」

 これから何が起ころうとしているのか理解するや否や、ルヴァイドの制止の手をも振り切り、は夢中で駆け出していた。
 もつれて転びそうになる足を必死で動かす。
 照準を定めるゼルフィルド。機械兵士を真っ直ぐに見つめるイオス。
 彼らを取り囲んでいた者達が、何事か叫びあっている。
 ほんの数秒の出来事。けれど、それらはの瞳にまるでスローモーションのように映った。

 無意識のうちに、 胸元で揺れるイオスにもらったペンダントへと手が伸びる。

 ――この石で、私を喚んでくれたひと。
 ――あなたがいなくなったら

 この世界で、私は――――……



「やめてぇぇぇっ!」





 次の瞬間、の身体から一筋の光が湧き上がった。

 そして



 銃声が、響いた。